【イベントレポ仏教×認知症】「つながり」の驚くべき力

京都のお寺で実施された講座&茶話会「認知症に備える」〜お寺で考える安心な老後〜という認知症イベントをレポートします。

 

 

図2

 

 

「認知症に備える〜お寺で考える安心な老後〜」というテーマで、

精神科医・介護福祉士・僧侶がそれぞれ3人の立場で認知症や生き方についてお話をしてくださり、その後茶話会も開催され、認知症に対する素朴な疑問にも答えてくださいました。

 

 

<イベントレポその1>

精神科医・介護福祉士のお話をご紹介「あなたの可能性を広げる認知症の捉え方を」

 

<イベントレポその2>

認知症との向き合いかたを日々のコミュニケーションから。

 

 

 

 

生かされているって何か?それは、つながりを感じること

 

 

加茂さん

 

「生かされている、おかげさま、というと、自分の意識する、しないに関わらず、いろんな繋がりを感じるなぁと近頃では思っています。

 

『つながり』ということを仏教では非常に大切にするんですが。

縁起という言葉があります。『縁起が良い悪い』と一般的には使いますが、元々はお釈迦様がお悟りになられた真理でございまして、全てのものはお互いに関わりあっている。完全に個体として成立しているものはなくて、私一人で生きていることはない。

 

 

いろんな方やものが、かかわり合い、生きているということなんです。

 

昔から日本でも、「つながり」ということを表す小噺もありますが、その「つながり」が近年、様々な国や分野で注目されています。

 

 

 

 

喫煙・肥満・幸せも伝染する!?「つながり」という驚くちから

 

 

実際に、最近世界で最も影響力がある100人に選ばれたアメリカのハーバード大学医学部及び教養学部のニコラス・クリスタキス (Nicholas Christakis) さんが「つながり」について、すごく衝撃的で画期的な調査をされました。

全く付き合いのない他人からいろんな影響を受ける、ということを研究されたようです。

 

例えば、僕の友人の友人の友人の友人がダイエットを始めたら、僕もダイエットをするようになる。そんなことを調査されたようです。

 

 

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「ある人の友人が5人しかいなくても、その5人にもそれぞれ5人ずつ友人がいれば、1人で25人に影響を与えられるし、その25人の友人125人にまで影響を及ぼせる可能性もある。たった1人の意思決定に影響を受ける人数が、あっというまに増えていくことがわかるだろう。1人あたりの家族と友人の合計数が平均10人だとすると、10人、100人、そして1000人に影響が及ぶことは容易に想像がつく」

(『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力 』本文より)

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加茂さん

 

「僕が顔も知らない会ったこともない他人であっても、お互いに様々な環境であって、影響を受けてるんだということを検証されました。仏教の縁起の一旦が科学的に証明された感じもしますね。

 

 

もう一つの見方があります。『袖振り合うもたしょうの縁』という言葉を聞かれたことがあるとは思います。道すがら、通りすがった方、衣が擦れ合うようなわずかな縁であっても、大きな縁なんですよね。

 

 

 

ここで、間違い探しをしましょう!どうでしょうか?何が違うでしょうか?

 

 

「袖振り合うも多少の縁」

・ 

 

「多少」「多生」

多く生まれる。多少ではないんですね。

 

というのは、前世から過去世から様々な生の中で生まれ変わり死に変わりする中で、もうすでに縁があったかもしれないよ、と捉えます。

 

 

ですから、今現在、影響しあっているだけではなく、過去からも様々なものと繋がって影響しあっていると、言えるんですね。

 

過去から!?なんて思う方もいらっしゃると思うんですが、少し考えてみましょう。

 

今この私が生まれてくるまでに、両親がいます。

そのまた両親がいます。祖父母ですね。

父方母方両方いますから、2世代前までの先祖は6人。

これがもっともっと遡りましょう。

 

 

20代前までの直接の先祖の数はどれくらいいるのでしょうか?

どれくらいだと思いますか?

 

 

参加者女性「2万人くらい?」

参加者男性「20万人くらい?」

 

 

実は……200万人。私の直接の先祖がです!私は実は20代目の寺の住職になる予定ですが、私の直接の先祖を遡って見ても200万人の血の繋がりがある。

 

 

そのうちの一人でも、子を産む前にでも、命を落としていたら、この私は当然、生まれていない。そんな風にたどっていくだけでも、大変ないのちのつながりに生かされている、そう思いませんか?

 

 

 

 

ありがとう=Thank youではない。あなたは何に感謝をしているのか?

 

 

日本語で「ありがたい」「ありがとう」と言いますが、英語だとThank youと訳されています。

漢字で見るとわかりますが、「ありがとう」は「ありがたい」で「有ること難し」

滅多にない、ということが本来的なありがたいの意味です。そうなると、thank youとは違った意味になります。

 

 

様々なものや人との繋がり。過去からの命のつながり、そういうのは非常にあることが難しい。滅多にないということですね。

 

 

ですので、日本語というのは非常に文化というか、宗教的な様子を反映しているのではないか。日本人というのは宗教心がないと、クリスマスをやったり、除夜の鐘をついたり、初詣に行ったりと宗教的に節操がないともいわれたりもしますけど。

 

 

実は東日本大震災の時やいろんな災害が起こりますと、非常に秩序を守ったり、お互いを助け合うというような精神性を持っています。

日本人の文化、メンタリティは自覚しているにせよ、しないにせよ。宗教的な情操が豊かなんじゃないかなぁ、と僕自身は思っています。

もしかしたら今はそれを忘れているだけで、そのことを思い出すことが大事なんじゃないかなぁとね。

 

 

その一つの証明に、大阪大学の調べで、子どもの頃にお寺や神社の近くで育った人は、そうでない人に比べて幸福度が高いという証明が出されました。

 

お坊さんが言っているわけではなく、一つの研究の成果として、目に見えない仏様でも、神様でもそれはいろんな信仰がありますから、目に見えないものに感謝したり、おかげさまという感覚を身につけている方は幸福度が高まっていくんじゃないかなぁと思います。

 

 

 

認知症の備えというテーマでしたけれども、感謝する生き方を元気なうちから心がけて、自分の身に染み込ませて、そうすることで自分自身もこころ穏やかになりますし、きっと周りの方とのトラブルも減っていくんじゃないかなぁと、思っております。

 

 

認知症に備えるという心構えの一つとして、こうした目には見えないものに感謝していく生き方を心得ていくのがいいんじゃないかなぁと思っております。認知症になろうがなるまいが、自分の人生に必ず糧になることと思っております。

 

 

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柔和なものごしで、仏教のお話をしてくださったのはとても印象的でした。

認知症は、治療したり、遅らせたりする為に体操をしたり、食に気をつけたり、という情報が多い中、加茂さんのお話は、治療に至る前に、介護する側もされる側も、持っておかなければならない大切な感覚だと思いました。

「感謝」という、日頃から使っている言葉が今まで以上に、大切な言葉のように感じました。私たちは、小さなことでも本当に、「感謝」できているのでしょうか?

 

認知症のお話を聞きながらも、自分自身の生き方の根本を問われたような時間でした。

 

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<イベントレポその1>

精神科医・介護福祉士のお話をご紹介「あなたの可能性を広げる認知症の捉え方を」リンクを貼る

 

 

<イベントレポその2>

「認知症との向き合いかたは日々のコミュニケーションからはじまる」