「精神的に強くなりたい」

≪本日の僧侶プロフィール≫

 

 

・愛犬僧侶

友人を事故で亡くしたことで仏教に関心をもち、僧侶となる。最近子犬を飼い始め、趣味が飲酒から散歩に変わる。肉食系の妻をもつ。

 

・グローバル婚活僧侶

グローバルな視点から現代の諸問題に取り組むと共に、自身の婚活にも余念がない。

 

・サッカー僧侶

仏教研究のみならず、サッカーをこよなく愛する。好きなチームの試合がある時は、声をからして応援する。

 

 

 

≪本日の人生僧談≫

 精神的に強くなりたい

「精神的に強くない」

 

【内容】

精神的に強くなりたいけど、どうしたら良いですか。自分は精神的に弱い部分があって、自分の行動の足手まといになっています。武士の様な強い心を持ちたいです。

 

 

 

 

サ:そもそも「強い」っていう言葉の定義って難しいよね。

 

グ:僕もそう思う。何をもって「強い」といったらいいのか…。最近は精神的な強さに惹かれる傾向に感じるけど、それだけに偏る社会には違和感がある。弱い人だって当然存在するし、そういった多様性を認めていく社会が個人的には大切だと思う。

 

愛:相談者は「武士の様な強い心」っていってるけど、武士の心ってどんな心なんだろ?よく武士の心は強いというイメージで語られるけど、本当にそうだったのかな、という素朴な疑問がある。

 

グ:精神的に強いというよりも、肉体的に強かったんじゃないかな。勿論、達人と呼ばれる方々も中にはおられただろうけど、それはごく一部の方々で、あまり精神にフォーカスを当てすぎるのは良くない気がする。

 

サ:コツコツと継続して努力することの出来る精神の強さもあるし、一夜漬けで驚異的な力を発揮する精神の強さもある。問題は相談者がどういった場面で精神の強さを発揮したいのかにもよるよね。

 

愛:目標にするものが違うと自ずと強さの質も変わってくる。スポーツにはスポーツの、学問には学問の、恋愛には恋愛の心の持ちようがある。やはりその分野の専門家に意見を求めて習得する必要もあるんじゃないかな。

 

グ:あと強さには「剛の強さ」と、「柔の強さ」があると思うんだけど、これって随分違うよね。

 

サ:例えば仏教が説く心の強さは後者のように感じている。固めていって壊れない堅い心を確立していくよりも、こり固まった心が解きほぐされて、柔軟に動いていけるようなイメージ。

 

グ:そういえば「ガンコ親父」って、ドッシリして強いイメージもあるけど、実は周りの意見をあまり受け入れないというか、出来ないという一面があるように感じる。むしろ現代のお父さん達のほうが、上司や家族の意見を柔軟に受け入れる容量は多い気がする(笑)。

 

愛:自分とは違う人の意見や、他者を受け入れ認めていく柔軟な心も、見方を変えればすごい強い心だよね。

 

サ:一言に「強い心」っていっても、色んなタイプの心が存在する。いまの自分に求められている心はどんな心であるのかを、まずチェックすることも大切な作業なんだろうね。

 

 

 

《中締め》

「強い心」は単純に規定することの出来ない難しい言葉であり、内容。例えば「剛」の心もあれば「柔」の心もある。やはりその時その時の状況に応じて、いま自分にはどんな心が必要なのかを確認することが大切。その上でアドバイスを求めたり、実行に移していくことで、あなたの理想の心に近づいていけるのかもしれない。