ジョード・シンシュー・アイスブレイク④「みちみちてイグノランス」

tachiyomi
本願寺派総合研究所 (現、北米開教区タコマ仏教会開教使)タカシ・ミヤジ
 
立ち読み仏教マガジン
ある日、大学の授業に行こうと思い、家を出ると、自転車がいつも置いている所にありません。あわてました。最後にどこに置いたのかを考えながら、大学の駐輪場にまで探しに行きましたが、見つかりません。まさか、盗まれたのかな。そう思い始めると、段々そうとしか思えなくなり、怒りの感情が湧き出てきました。「なぜ、こんなことが僕に起こるのだ!盗んだ奴、絶対許さん!」もちろん交番に盗難届を出しました。交番から家に帰ってくる途中、心が少し落ち着いたところで、怒りが絶望と喪失の悲しみに変わりました。そしてふと、家の近くにあるコンビニの駐輪場を覗いたのです。すると、僕のとそっくりな自転車が停まっているではありませんか。「犯人は店の中にいるのか!出てくるのを待って脅してやる!」と思い、威嚇するような顔で店の前で待ち構えていました。ところが、店の中を見るとお客さんは誰ひとりいません。そこで急に思い出したのです。今朝ここに自転車でコーヒーを買いに来たことを。そしてコーヒーを飲みながらそのまま歩いて帰ってしまったことを。何と恥ずかしいことをしてしまったんだろう!
 
無明煩悩(むみょうぼんのう)=ignorance and blind passions
 
この日の僕は、ことの真相を知らないままに、怒り、悲しみ、喪失感、恐怖などの多数の感情に振り回されてしまいました。仏教には、「無明煩悩(むみょうぼんのう)」という言葉があります。英語では無明を「ignorance(イグノランス)」、煩悩を「blind passions(ブラインド パッションズ)」と訳します。「Ignorance」は「知らない」ということです。例えば、「I was ignorant of the history of this place(この場所の歴史について知らなかった)」というのは、何かの事実に関して知ることが不可能であるのではなく、今まで知らなかったけど、今になって分かったということです。「Blind passions」の「blind」は、正しいあり方が見えない状態です。「Passions」という言葉そのものは、いい意味でも悪い意味でも使われますが、ここでは否定的に使われ、物事に執着する心を意味します。これらの言葉を合わせた「ignorance and blind passions」が無明煩悩となります。これが原因となって、私は欲望に振りまわされ、苦悩の世界に縛られるのです。しかも、私は自分の力では、無明煩悩という自分の本当の姿を知ることさえもできません。その状態を「I was ignorant of my ignorance」と言います。知らないことさえ気づかないのです。
 
『正信偈(しょうしんげ)』の「煩悩障眼雖不見(ぼんのうしょうげんすいふけん)」は「passions obstruct my eyes」と訳されます。煩悩に眼を覆われて、私は阿弥陀如来の救いの光を見ることができません。しかしそんな私を決して捨てず、阿弥陀如来のお慈悲は常に照らしてくださっています。その果てしないお慈悲が、無明煩悩という、自分では気づけなかった私の本当の姿を鏡のように知らせてくださるのです。
 
 
※「アイスブレイク」とは、初対面の人たちの集まりなどで、緊張をほぐし、話し合うきっかけをつくるための自己紹介やゲームのことです。 
 
 
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編集/浄土真宗本願寺派 総合研究所

発行/浄土真宗本願寺派 本願寺出版社
 
 

 
季刊せいてん no.115 2016夏の号より転載

著者:浄土真宗本願寺派 総合研究所

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掲載日: 2020.01.04