「なぜこの仕事を続けるのか?」
「世界平和の実現=すべての生命が安心して生活できる社会の実現」を設立目的として各国で活動を続ける認定NPO法人テラ・ルネッサンスの栗田さんにお話を伺っています。
前回は、子ども兵が生まれた背景や、停戦合意後の元子ども兵たちが置かれた立場についてお聞きしました。今回は、テラ・ルネッサンスという組織の創立経緯や、栗田さんが活動を続ける理由などを聞かせていただきました。
第1回 かわいそうな子、かわいそうじゃない子。あなたはどこに線を引く?
第2回 その子に必要だったのは「教わる」ことではなく「考える」ことだった
ひとりきりの熱狂が世界へ。鬼丸昌也という人
——テラ・ルネッサンスという組織が生まれた経緯についてお聞かせいただけますか?
栗田:はい。
テラ・ルネッサンスは2001年、鬼丸昌也というひとりの学生から始まりました。
京都の立命館大学の学生だった鬼丸はスタディーツアーでカンボジアを訪れます。そこで彼が知ったのは地雷の問題でした。
——Webサイトの創設者メッセージには、当時の様子が鬼丸さんご本人から語られています。
テラ・ルネッサンスWebサイト「創設者メッセージ」
栗田:はい。そして、鬼丸は、自分にできることは「伝えること」だと、様々な地域に出向いて講演を行いました。
当時はまだパワーポイントじゃなかったので、OHPですかね、スライドを使いながら。
※OHP … オーバーヘッドプロジェクタのこと。文字や画像の印刷されたシートを大きなスクリーンに投影して聴衆と共有する。
——伝えるといっても、どういう場所にどうやって話をしに行かれたんでしょう?
栗田:最初はNPOなどの市民団体に出向くことが多かったようです。知り合いの方にご紹介いただいてNPOで講演を行ううちに、評判が口コミで広まるようになりました。
なかでも京都の青年会議所の方に出会えたことは大きな契機になりました。
——青年会議所?
栗田:社会活動を目的にした主に経営者の集まりです。
いろんな経営者の方がいらっしゃって、その後も、ロータリークラブやライオンズクラブとのご縁を介して鬼丸の評判はどんどん広まっていきました。
——その、地雷や貧困の問題に経営者の方々が興味を示されたのはなぜなんでしょう?
栗田:もちろんそういった課題に問題意識をきちんとお持ちだということもありますが、最初はおそらく鬼丸昌也という人に惹かれたんだと思います。
自分も昔何かやってみたかったけどできなかった。その思いを君に託すんだというかたちで鬼丸を支援してくださる方がとてもたくさんいらっしゃいました。
経営者層から始まって、経営者の方のなかに学校でPTA会長をやっているからうちの学校にも話をしに来てくれという流れで教育機関での講演も増えていきました。
——そのときはカンボジアのみが活動範囲だったんですか?
栗田:そうですね、最初はカンボジア事業のみでした。託された寄付を現地の地雷除去団体に渡し地雷撤去活動を間接的ではありますが、支援をしていました。
Photo by Florian Hahn on Unsplash
活動を続けるなかで、カンボジアにもポルポト政権時代、子ども兵が存在したことを鬼丸は知りました。そして世界には子ども兵として戦わされている子どもたちが他にもいることを知ったとき、当時日本にはまだ子ども兵の課題に直接取り組む団体がなかったんですよ。
じゃあ自分たちがやっていこうということで、ウガンダでの活動が始まりました。ウガンダを選んだのは、英語圏であること、すでにNGOが現地で活動していること、子ども兵という課題があること、この3つの理由からです。その後、コンゴ、ラオス、ブルンジと続いていきます。
——そんな多くの国で活動するとなると資金もだいぶ必要になると思うのですが、どこから捻出されているんですか?
栗田:今は一般の会費、寄付、物品販売などの事業収入、助成金で賄っています。
当初は本当に鬼丸の渡航費も支援者の方が出してくださるなんてこともあって、そのおかげで様々な活動ができました。現在(2016年度)ではテラ・ルネッサンス全体で1億6000万規模の組織になりまして、渡航費や活動費も会費や寄付、あるいは助成金から出せるようになったんです。
——17年で、そこまで。今は人数としてはどれくらいの規模なんでしょう?
栗田:職員とインターン生含めて80名くらいです。
京都事務所の様子。この事務所からアジアやアフリカへと広がるネットワークが築かれた
——国内での講演活動は年間どのくらいの頻度になるんですか?
栗田:講演の講師をする者が複数人おりますので、それを合わせると年間160回ほどでしょうか。1回の講演に100人の方が来てくださっているとすると、少なくとも18,000人の方には直接お話を届けることができていると思います。そこからの口コミでもまた広まっていきますしね。
そういった外に出て行く機会が増えれば出会いも増えますし、私たちの理念に共感してくださった方から寄付をいただくってこともあります。
——すごい。
栗田:大切なのは、北風と太陽じゃないですけど、寄付したいって思ってもらえるような関わり方なんだと思います。話を聞いてくださる方の内なる変化を導いていくような、話し方、内容というのはできる限り工夫しています。
——なるほど。みなさん気持ち良く寄付されてそうですもんね、お話を伺っていると。
日本での拠点は、京都以外には?
栗田:岩手の大鎚で被災地の復興支援を行うための拠点もあります。あとは、佐賀県ですね。
佐賀事務所は最近できたんです。佐賀県はふるさと納税の仕組みを活用し、NPOが資金調達しやすい環境を整えてくださっているという経緯がありまして。
海外の拠点はすでにご紹介しましたが、具体的に言うとアジアでの拠点はカンボジアとラオス。事務所はカンボジアのみにあります。アフリカでの拠点はウガンダとコンゴとブルンジ。3カ国とも事務所があります。コンゴ以外はどの事務所にも日本人スタッフが入っています。
——現地のスタッフとの仕事にはいろいろと工夫が必要そうですね。
栗田:はい。苦労話、失敗話はたくさんあります。笑
現地駐在員からも現地スタッフの雇用の難しさは聞いていますが、中には長年勤めてくれているスタッフたちもいます。私たちの理念に共感して働いてくれており、大切な仲間となっています。
パンフレットに掲載の顔写真を見ながら、現地スタッフの人柄を教えてもらう
——やっぱり理念に共感してもらえないと定着は難しいですよね。栗田さんご自身はこのテラ・ルネッサンスという組織に入ろうと思ったきっかけは何だったんですか?
栗田:私はテラ・ルネッサンスにインターンとして関わったのが最初でした。子ども兵について知りたいという動機で参加したのですが、インターンを通してもっと深く関わりたいという思いを持ちまして、大学卒業後2009年4月から職員として働いています。
こういった活動に興味を持ったさらに根本的な要因としては、小さい頃の経験があったと思います。私は生まれつきの心臓病で、手術もしたんですが、その経験を通していのちについて考えることも多かったですし、支えられることの大切さも学ぶことができました。その影響で、大学では、福祉の勉強をしていました。
人のための仕事、どうして続けられるんですか?
——栗田さんも鬼丸さんも、なぜそんなに一生懸命この活動に打ち込んでいらっしゃるんでしょうか。すごいと思うんです。やっぱり遠い世界の話に感じてしまいやすいじゃないですか。
栗田:そうですね。
でも、私たちの目的って「誰もが過ごしやすい社会をつくりたい」ってことなんですよ。そういう表現だと、ある程度みんなが共通して持っている理想って感じがしませんか?
そして、私は、そういう社会に近づけるための選択肢、手段がこういう職業だと思っています。
今は学校などでの講演が主な活動なのですが、私と関わってくださった方々の選択肢を増やしたいと思ってやっているんです。
たとえば、看護師さんになりたいって子がいるとして、その子に看護師になってどうするの?と聞くと何も答えられない場合が多いんですよ。でも、私が知っている看護師さんは世界の困っている人たちのところへ行って、小さな村で医療をしたいという夢を持っている人もいる。そんな風に、ゴールっていうのは自分の望んでいる社会とかそういうのがあって、そのための手段が職業なんだって話をよくします。
——栗田さんのモチベーションというのはどのようなものなんですか?
栗田:未来から評価されるような仕事をしていたいな、というのはあります。
私が今やっていることは、すぐに効果の出ることではないかもしれませんが、未来のために平和の種を蒔き続けているという気持ちで臨んでいます。すぐに咲く花ではないかもしれないですが、いつかは咲くかもしれない。そもそも種を植えてみなければ可能性はゼロなわけですから。
具体的に言うと、私の講演を聞いた子たちが、将来もしかしたら地雷を除去するような機器を発明するかもしれない、各地の内戦を終わらせるような外交官になるかもしれない。そう考えていると、今の頑張りがすぐには報われなくでも、ネガティブな気持ちにはなりにくいですね。
それに、楽しく仕事させていただいてるっていうのもモチベーションの維持につながっていると思います。現地の方々と伴走者のように、ともに同じ方向を目指して歩んでいる、仲間のような実感があります。
——栗田さんのお話をお聞きしていると、すごく公共的な生き方だなと思います。普通は、自分が満たされてから、それから初めて世界平和なんてことに思いが至るって人が多いんじゃないでしょうか。でもお話をお聞きしていると、外に向かってしていることがあとあと社会全体として報われていけば良いっていう考えじゃないですか。
僧侶などは本来そういった公共的な役割を担う存在だったはずなんですけど、現代はなかなかそれも難しい場合が多いです。なのに、鬼丸さんとか、いきなりアフリカに乗り込んでって現地の問題を解決しようってすごい行動力じゃないですか。栗田さんもすごく公共的な考え方をお持ちだし、何がみなさんをそうさせているんだろうって思います。
栗田:そうですね。私個人の場合だと先ほどもお話した、心臓病の手術の経験は大きかったように思います。中学のとても多感な時期で、自分はずいぶんわがままに、自己中心的に生きてきたかってことを知ることができて、生かされてるってことを実感したような気がします。同時期に出会った杉原千畝さんという方の物語、彼の生き方にもずいぶん影響されましたし…
でも、やっぱり一番は「知ってしまったから」ってことに尽きると思います。
——生かされている自分って、お寺に生まれて小さい頃から教わってきてもなかなか実感できることじゃないです。とても大切な気づきだと思います。
そして「知ってしまったから」という動機はシンプルだからこそ力強いですね。アレコレ理由をつけることはできますけど、最初のきっかけなんてそれだけで十分な気がします。
栗田:自分のいのちとか、生かされている実感というのはアフリカでも学ぶことはすごく多いです。私は大学生になってからはアフリカにも行くようになったんですけど、現地の人ってすごく時間にルーズなんですよ。お昼の1時に集合予定だったのに、夕方の4時くらいに来たりするんですよ。ありえないじゃないですか、日本だと。
で、まぁ遅れるのは褒められたことではないと思うんですが、彼らのその行動にも理由があるんです。待ち合わせ場所に来る途中で友人に会ったんだそうです。
——友人に会ったから3時間も遅刻したんですか?
栗田:そうですね。笑
でも現地スタッフが教えてくれたんです。アフリカでは日本と比べて寿命が短いから、偶然会った友人とも次会えるとは限らない。これが最後の会話かもしれないから、時間を惜しまずに話すんだそうです。私たちみたいに気軽に「またね」って言えない世界なんです。死っていう感覚がすごく身近に意識されているんですよ。相手の死も自分の死もすごくリアルに見えているからこそ、生を大事にするというか。
日本人はどうしても当たり前のように明日が来て、自分はまだまだ生きていくって思って生活しがちですよね。いつかは死ぬんだろうけど、その死はすごく遠くに設定されていて、そこから逆算してまだまだ自分は大丈夫って。
でも、本当は日本だろうとアフリカだろうと死はいつ訪れるかわからない。そういうことを学ばせていただきました。まぁ、だからって時間に遅れすぎるのもどうかと思いますけど。笑
——そういう価値観に触れる経験を若い頃にするっていうのは大切なことですよね。
栗田:本当に百聞は一見にしかずだと思います。
私たちは、スタディーツアーという形で日本から引率をして1週間くらい現地を案内するっていう企画もしてまして。学生さん対象にもやっているんですが、ご希望があればオーダーメイドでいろんなパッケージを組むことができますよ。
「知ってしまったから」
どんな立派な理由を並べるよりも、力強い一言です。栗田さんたちが活動を続けるにはそれで十分だったのだということが伝わってきました。だからこそ、講演活動やスタディーツアーなど、「知らせる」ことに重きを置く姿勢は一貫したものを感じられます。
次回、最後の記事では「違い」についての話です。国と国の違い、民族と民族の違い、私とあなたの違い。それらを抱えてどう歩んでいくか、伺ってきました。
■テラ・ルネッサンスについてもっと知りたい方へ
✔ さまざまな支援の方法(古本を集める、英会話を勉強、web制作、コーヒー購入…)
✔ テラ・ルネッサンスの活動を支援する方法
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