「四方八方、十方丸く」 JIPPO_第3回 「インド・タミル人」
「四方八方、十方丸く」JIPPO_第3回「インド・タミル人」
【第3回】
「平和構築」、「貧困問題」と「環境問題」の解決、「災害支援・復興」の目的完遂、これらに向けて各種事業活動を展開しているNPO法人JIPPOは、「すべての存在と営みは互いに関係しあい支えあっている」という仏教の縁起の教えにのっとり、親鸞聖人の「世のなか安穏なれ」という願いのもと、浄土真宗本願寺派の社会事業活動の一環として、2008年に設立されました。
同法人の専務理事の中村尚司(なかむらひさし)さんは、日本有数のアジア研究者でもあり、社会問題にも取り組む活動家でもあります。アジアの社会問題やJIPPOの活動について教えを請います。
このコンテンツの記念すべき冒頭テーマは、適正価格での輸入、商品提供をするフェアトレード事業を実施しているスリランカを巡る話です。5回に渡って紹介します。今回は第3回として「インド・タミル人」のお話を伺います。
「インド・タミル人」
インタビュアー(以下、「イ」):スリランカのプランテーションの人たちは、どこから連れてこられたんですか?
中村さん(以下、「中」):インドからです。
イ:インド?!
中:イギリス植民地時代の19世紀に、イギリス人支配者たちは紅茶園で働く労働者として、インド南部から多くのタミル人を連れてきました。その者たちは、インド・タミル人と呼ばれます。
イ:何故、わざわざ、「インド」と、区別したような呼び方をするんですか?
中:それは、もともとスリランカにはタミル人が住んでいたからです。
イ:どういうことですか?
中:スリランカの総人口は現在2030万人ぐらいです。そのうち、約75パーセントが「シンハラ人」、約15パーセントが「タミル人」、約10パーセントが「ムーア人」、そして「バーガー人」、先住民の「ヴェッダ人」などとなっています。
イ:色んな民族が入っているんですね。
中:「タミル人」は、古代以来に移住したスリランカ・タミルが(227万人)と、19世紀半ばにイギリスが南インドからプランテーション経営のために労働者として連れてこられたインド・タミル(84万人)に分かれます。
イ:なるほど、同じ民族であるタミル人でも、スリランカに移住してきた経緯が違うわけですね。
中:そう。安価なプランテーション労働力として連れてこられたインド・タミル人は、スリランカ北部に、農園経営者にすべてを統括管理されて暮らしていました。
イ:「すべてを管理された」というのは、奴隷のようですね。スリランカ・タミル人と、インド・タミル人の交流はあったんですか?
中:ないです。農園内の生活は外部の地域社会から完全に隔絶したものとなっています。
イ:効率的に労働させるために孤立させていたんですね。
中:そうです。農園内には、中学までの教育機関や診療所など生活に必要な施設は整っていました。しかし、スリランカ国内の水準と比べてかなり見劣りがし、改修もあまり行われていません。現在もそうです。
イ:プランテーション労働者であるインド・タミル人は、同じ民族であるスリランカ・タミル人でさえも交流することを許されてなかったんですね。外部との関係は完全シャットアウトさせられた。
中:そういうことです。世界三大銘茶の一つ、ウバ紅茶は、このような長期にわたる「苦悩の歴史」が刻まれているんです。
次回は(2015.9/16更新予定)は「紅茶は何故、赤い?」です。
中村尚司(なかむらひさし)
1938年生まれ、京都市出身。京都大学卒。龍谷大経済学部教授を経て、現在は同大学名誉教授、同大学研究フェロー、NPO法人JIPPO専務理事。
NPO法人JIPPOのウェブサイト
http://jippo.or.jp
2015.9/9更新