「話すのが苦手です」【みんなの人生僧談】
≪本日の僧侶プロフィール≫
・サブカル僧侶
TV・マンガ・音楽などの現代のサブカルチャーに造形が深いが、僧侶として「温故知新」の精神も忘れることがない。
・うどん系僧侶
出身地の影響もあってか、うどん中心の食生活を長年過ごしつつ、仏教研究にいそしむ。幼少期より中国渡来のものに強い関心を示す。
・グローバル婚活僧侶
グローバルな視点から現代の諸問題に取り組むと共に、自身の婚活にも余念がない。
≪本日の人生僧談≫
「話すのが苦手です」
上手く説明したり話をまとめることが出来ず、言いたいことが言えなかったりします。どうしたら上手く話せるようになるのでしょうか?
グ:よく分かるし、多くの人が抱えている悩みだと思う。
う:ちなみに上手に話せるというのは、単純に良いことなのかな?
グ:個人的な意見だけど、人が話してる時、たどたどしかったり、緊張している姿を見るほうが親近感や人間味を感じたりする。反対にずっと理路整然と話し続けられると「ほんとかな?」って思ったりもする。
サ:上手に伝えること、雄弁に語ることが良しとされるのは最近の傾向かもしれないよね。
グ:確かに今は言いたいことをしっかり言えたり、明確に話すことが良しとされる。でもその反面、それがうまく出来ない人にとってはしんどい世の中になってるともいえる。
サ:そもそも相談者はどうして上手に話がしたいんだろう。部下がいるのか、それとも技術的な必要に迫られてるのだろうか。
う:聞き手の立場からすると、言葉だけではなくて、話し手の表情や身振りからも受け取れる情報がたくさんある。それに責任は全て話し手にあるのではなくて、それを受け取る姿勢が聞き手にも求められるんじゃないかな。両者によってコミュニケーションは成り立つわけだから。
サ:テクニックだけで心は伝わらないし、ミスのないうまい話し方だけでも相手の心を打つものにもならない。そう考えると、上手に話すことだけにあんまりこだわらないほうが良いかもしれない。
う:仏教的にいっても言葉は道具にすぎない。決して万能じゃないし、限界や制約のあるものが言葉というもの。当然、話術を磨くことは話し手として大切なことだけど、そこに執われ過ぎるのは良くない。
グ:テクニックに関しては、トレーニングしたり、実践を積んで努力を重ねていけば、ある程度のレベルまではいける。でも言葉だけでは伝えきれないところ、足りないところは人格や表情だったり、ノンバーバルな部分で補っていく必要が当然出てくる。
サ:あとは色んな人と会話するのもいい。そして自分が聞き手になってみること。上手に話している人が、どんな風に話をされているのか体感してみる。実際に聞いてみることによって、学べることがたくさんあるからね。
《中締め》
人の話を聞くことを通して、自分の話し方を振り返り、学びを深めることができる。また心情や熱意といった、言葉だけでは伝えきれない大切なものも存在する。あせって上手な言葉を積み重ねる必要はないし、言葉少なめでもかまわない。今のあなたに合った話し方を求めていってほしい。