幸せってなんだろう―悪人正機の倫理学―第1回「ちょい悪がなぜモテるのか?」(前半)

幸せってなんだろう―悪人正機の倫理学―第1回「ちょい悪がなぜモテるのか?」
 
総合研究所副所長 藤丸 智雄(ふじまるともお) (季刊せいてん No.118 2017春の号より)

幸せってなんだろうゼウス

クセノパネスゼウス


人間は、毎日、目を覚ましている間は、善悪を判断し(あるいは、善悪を考えることもなく)行動しつづけています。「善悪」と言うと大袈裟ですが、「やるべきことを」を決めながら(あるいは決めずに)生活しています。
 
自分で決めないからといって、行動しないわけではありません。自分で決めない場合には、判断を誰かにゆだねたり、習慣にまかせたり、命令に従ったり、あるいは反射的に行動しています。
 
「哲学」「宗教」そして「倫理」は、「なすべきこと」「なすべきでないこと」すなわち善悪について考え、人間の生き方について提案してきました。なぜなら、善悪について考えることが「幸せ」にとって不可欠と考えたからです。浄土真宗においても、「悪人正機」が教えの三本柱の一つになっているように、善悪がテーマの一つになっています。
 
筆者は、四年間にわたり、地方の大学で「倫理と宗教」という講義を担当してきました。本稿では、その講義内容を紹介しつつ、倫理の歴史を読み解き、善悪と仏教・真宗の教えとの近さ・遠さについて考えていきたいと思います。 (イラスト 瓜生智子)
 
 
どうして、ちょい悪がモテるのか!?
 
講義は、前の時間に行ったアンケート結果を紹介するところから始めます。最初のアンケートは恋心についてです。
 
「今まで、どんなタイプの人に恋心を抱きましたか?次の中から選んでください」
 
(選択肢)
・善人・まあまあ善人
・普通タイプ・ちょい悪・悪人
 
これまで、このアンケートを二千人近い学生に実施してきました。毎回、少しずつ傾向が変わりますが、たいてい、一位=まあまあ善人、二位=ちょい悪、三位=普通タイプ、四位=善人、五位=悪人という順番になります。二位・三位・四位は接戦なので、順位が若干入れ替わることもあります(女性の方がちょい悪を好む傾向があります)。
この結果について、読者の皆さまは、どのようにお感じでしょうか?何となく共感していただけると思いますが、善悪と関連づけて考えてみると不可解な気分も生まれます。
 
 
ちょい悪がもてる理由
 
「悪」とは、してはいけないこと、避けるべきことです。ですから、悪いものは好まれるべきではないように思われますが、第二位に「ちょい悪」が入っています(アルコールとか脂っこいものとか、体に悪いものが好まれるということはありますが……)。
 
そこで、学生が「ちょい悪」を選ぶ理由を見てみましょう。
 
①自分の価値観で行動できる人だから
②主体性があるから
③自由だから
④権力におもねらないから
⑤悪のある人は、他人を理解することができるから
⑥人間の奥深い所を知っているから
⑦善悪で分けないから
 
七つの理由を紹介しました。どれも、二十歳前後の学生さんが本当に書いたものです。これらの理由には、善悪についての重要なポイントが表れています。およそ、以下の三つのグループに分けることができます。
 
一、自分で考えて行動する
一、自由である
一、自分も含め人間には悪があると考えている
 
 
実は、これらはいずれも、善悪についての思想史において中心的なテーマとなるものです。まずは、「倫理学の始まり」についてご紹介しながら、「自分で考えて行動する」「自由である」という二つのことについて考えてみましょう。
――舞台は、ギリシャ神話の世界に飛びます。
 
 
完璧じゃない悪の神々
 
アキレウス、あるいはアキレスという名前をご存じかと思います。
アキレウスは、ペーレウスという王さまと女神テティスとの間に誕生しました。母テティスは「息子は完全な神の子ではないので死んでしまう」と心配します。神々は不死という特長を持っていますが、人間はいずれ死を迎えます。夫が人間だったので、アキレウスは不死にはならなかったのです。
 
そこで、ある日、テティスは幼子アキレウスを地下世界の川へ連れて行きます。この川は、生者の世界と死者の世界とを隔てており、この川にひとたび身を浸すと、不死を得ることができるのです。
 
テティスは、アキレウスの体を、しっかりと川に浸しました。しかし、テティスがかかとを握って川につけたために、握った部分だけが水に濡れませんでした。そのため、トロイア戦争で、弓の名手パリスにかかとを射ぬかれ命を落とすことになるのです。これが、「アキレス腱」という言葉の由来です。
 
ギリシャ神話には、このような面白いお話がたくさんあります。ギリシャ神話の豊かな物語性は、登場する神々の人間らしさにあるとも言われます。例えば、この物語では、女神テティスが人間と同じような母心を感じさせてくれます。しかし、神に「人間らしさ」というのも、いささか変なお話です。
 
もちろん、勇敢で正義感に満ちた神も登場してきますが、最高神の一人であるゼウスでさえ、多情が故に、様々なトラブルを引き起こします。いろんな女神や人間の女性と色恋沙汰を繰り返し、妻であるへーラーをしょっちゅう激怒させてしまいます。
 
こんな風に、ギリシャの神は、人間と結婚しますし、けんかもします。裏切ったり、裏切られたり、愛し合ったり、憎しみ合ったりします。まことに人間的で、それだからこそ、ギリシャ神話は、世界で読み続けられる古典となっているのでしょう。
 
しかし、こんな完璧とはいいがたいトホホな神々ですから、人間は神の姿を行動規範にすることはできません。反面教師にはなっても、理想像にしにくい面があります。クセノパネス(前六世紀、哲学者)のように、公然とこうした神々の有り様を批判する者も出る始末でした。
このギリシャに、ソクラテス・プラトン・アリストテレスが登場し、哲学、倫理学が誕生します。
 
 
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後半はこちら
幸せってなんだろう―悪人正機の倫理学―第1回「ちょい悪がなぜモテるのか?」(後半)
 
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編集/浄土真宗本願寺派 総合研究所
発行/浄土真宗本願寺派 本願寺出版社
 
 
季刊せいてん No.118 2017春の号より転載
著者:浄土真宗本願寺派 総合研究所
判型:B5判
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掲載日: 2019.10.29