「本気で人を好きになったことがない。」

≪本日の僧侶プロフィール≫

 

・コンサル僧侶

10年間、企業コンサルタントとして活躍するが、自身の人生を改めて振り返った時に、利益至上主義の生き方に限界を感じ、一念発起。僧侶となる。

 

・学者僧侶

幼少の頃より、生死の問題に強い関心を持っていたが、いつの頃からか、その答えを仏教に求めるようになる。気付いた時には仏教研究者に。師匠の勧めで僧侶となる。

 

・フシギ僧侶

趣味は仏教、特技も仏教。第一線の 研究者でありながら、独自の生活観を持ち、その生態は謎に包まれている。

 

≪本日の人生僧談≫

 

20代男性からの相談「本気で人を好きになったことがない。」

 

今まで、本気で人を好きになったことがありません。告白されたとき、これから好きになるかもしれないと期待するのですが、イマイチ。本来の自分をさらけ出したくないから、距離をとる。カッコイイ、おもしろい自分を見せたいから、相手が喜ぶ社交辞令ばかり言う・・・私は幸せになれるのでしょうか?

 

学:この人は自分のことをよくわかってる。ちゃんと見つめてるね。きっと幸せになれるから大丈夫だよ。

 

コ:人気あるんだろうね。相手が喜ぶ社交辞令がいえるのはすごいことだよ。

でも、もしかしたら親友と呼べる人がいなかったり、親とも距離があるのかも。

 

学:ちょっと臆病で、傷つきたくないんだろうね。距離をとると人間関係が楽だから。でも、人間関係は苦しみであると同時に喜びでもあるはず。

 

フ:僕は告白されて悩むなんて、うらやましい、贅沢だなって思っちゃいます。

さらにいっちゃえば、人を好きになれないのは、もしかすると自分のことが一番好きだからじゃないの?って。

 

学:まあその可能性もあるよね。人間は自己中心的な存在だから。そして、他人にもよく思われたい。

 

フ:告白されてその気がなければ断ってあげたらいいのに。相手も勘違いしちゃう。

 

学:いい人だから断れないんだね。この人もいろんな場所で自分を演じて疲れてるんだと思うよ。もっと肩の力を抜いた方がいいと思う。

 

コ:でも、いま居るコミュニティー内でキャラを変えるのは難しいよね。環境を変えて、自分の新しい一面を出すといいんじゃないかな。

 

学:うん。自分の性格なんてわからないし、ちがう自分を出すのは気持ちいいはず。

あまり自分というものを固定的に考えずに…無常というか、人の性格や気持ちも常に変わっていくものだから。

本当の自分も嘘の自分もなくて、全部自分なんだと気づいてほしい。

 

フ:こっちが心を開くと、相手も開くと思いますよ。傷ついたとしても、自分の選択だから納得感があるはず。

 

コ:弱さや本音をさらけだす人の方が魅力的だしね。そのことで去って行く友達はほんとの友達じゃないと思うし。

 

学:あるがままでいいと思う。素になると楽だし、受け入れてくれる人はきっといるよ。

 

 

《中締め》

 

他人のことを気遣うことは悪いことではない。しかし、他人によく見られたいという気持ちの背後には、自己中心的な自分がいるのかもしれない。また、自分の性格は固定的なものではなく、変化するものなのであまり決めつけない方がよい。そのままのあなたを受け入れてくれる人はきっといるはず。