仏教と心理学。似て非なるものを組み合わせた結果とは?|武田正文さんインタビュー<前編>

 

臨床心理士の経験、役立っています。

 

スクール・ナーランダにて

 
ーー臨床心理士になられてからは、どういったご活動をされているのでしょうか?
 
武田:スクールカウンセラーや、企業でのカウンセラーとして活動しています。
 
ーーそれは僧侶としてご活動されるのでしょうか?
 
武田:僧侶としてはお招きいただいていないので、一般のカウンセラーとして活動しています。ただ、活動地域が地元なので、カウンセリングに来られる方は、たいてい私が僧侶であるとご存じですね(笑)。
一方で、企業の研修会へはカウンセラーではなく僧侶としてお招きいただくことが多いです。先日は中国地方のとある新聞社へうかがったのですが、その時も僧侶としてお招きいただいたので、僧衣で講演に臨みました。
 
ーー講演ではどのようなお話をされたのでしょうか?
 
武田:今回の講演に限らず、お寺以外の講演や研修会では自己紹介に続いて心理学の理論を紹介しています。仏教の要素は、序盤は「一切皆苦」や「諸行無常」といった基本的な言葉を紹介するにとどめて、心理学の理論を一通り紹介した後に「実はこれをひっくり返す教えがあるんですよ」と言って親鸞聖人や阿弥陀さまのお話をしています。
 
ーー受講者の方の反応はいかがでしたか?
 
武田:まずは、僧衣という格好がツカミになります(笑)。そして、心理学の理論を覆すものとして仏教を紹介すると、驚かれることも多いですね。
そもそも、普段は仏教の話を聞かれないからか、仏教の話は新鮮なものとして受け入れられるようです。なので「今までと視点が変わった」といったコメントもたくさんいただきましたね。
また、新聞社ということで、探究心豊かな方が多いこともあってか「仏教の歴史をもっと知りたい」や「仏教の教えをもっと知りたい」といったお声もいただきました。研修会が、仏教へ関心を持つ入り口となったのではないかと思います。
 
ーーカウンセリングではどのような悩みが多いでしょうか?
 
武田:人間関係の悩みが一番多いです。子どもたちが学校へいかなくなる原因も、クラスの人間関係ですし、大人の不眠症やうつ病の原因も、職場や家族の人間関係ですね。
 
ーーそういった場合、どのようなカウンセリングをされるのでしょうか?
 
武田:もちろん、事例に応じて異なります。自分の考え方を変えられそうな方には、その実践を勧めますし、難しそうな場合は環境を変えることを勧めています。
 
ーーそこでは仏教の要素はあまり入れないのでしょうか?
 
武田:「それは仏教で煩悩と言うんです」といった具合に、軽く触れることもありますが、あまり深入りはしていません。確かに、人間関係が上手く行かない原因を仏教的に見れば、その方が怒りや苦しみにとらわれているからです。ですが、だからといって「あなたの心が問題です」といった言い方はできませんよね。
 
ーー臨床心理士になられて、良かったと思うことはありますか?
 
武田:言葉の使い方や、相手の気持ちの汲み取り方では役に立っています。あらかじめ気をつけるべきポイントを抑えることで、「打率があがる」といいますか、失敗をしにくくなったのではないかと思っています。
また、お参りの現場で話せる内容が広がりました。天気の話題や、最近では新型コロナウイルスの話題といった日常会話はできても、そこから家族を亡くした悲しみや、法話の感想といった「深い話」はそう簡単にできませんよね。どうやって日常会話から話題を深めるのかを考えるときに、臨床心理学で経験したテクニックが活かされています。
 

心理学から問い直す、仏教の役割

 

 
ーー臨床心理士としての、今後の可能性をお聞かせください
 
武田:いま、心理学の分野では、欧米を中心にセルフ・コンパッション*1(self-compassion)研究が注目されています。セルフ・コンパッションは、仏教的にみると「慈悲」と親和性があるように思えますが、今の時点では仏教とはっきり関連づけられているわけではないようです。なので、この研究を日本の仏教界でも進め、仏教をデータで説明できるようになれば、もっと仏教への理解が進むのではないかと思います。
 
*1:セルフ・コンパッション・・・「思いやり」「優しさ」「慈しみ」、自身の長所や短所を認め、「あるがままの自分」を肯定できる心理状態のこと。
 
ーー決して、仏教と心理学が同じではないと言えますね。
 
武田:そうですね。仏教と心理学の大きな違いは、いうまでもなく、そこに仏さまがいらっしゃるかどうかです。心理学は、自己と他者という人間関係レベルの客観的な視点から論理的に対象を分析していきますが、仏教はその論理を超越しますよね。
その違いが如実に現れるのは、ターミナルケアの現場です。余命がわずかとなった方々に対して、臨床心理士ができることは本当に限られています。ですが、そういった場で自信を持って「いのちを終えた後もお浄土という安心がある」と伝えられる僧侶は、患者さんにとって心強い存在なのではないでしょうか。
いのちを終えてゆく現場において、臨床心理士は、お話を聴くことはできます。でもそこから先は、仏教が担うべき大切な役割なんです。
 

<編集後記>

 
仏教と心理学。両者は共に心の悩みを見つめる分野ですが、武田さんのお話を伺うと、その実践手法は大きく異なることが伺えます。一方で、この両者を組み合わせることは、お参りの場でご門徒の方へより深く寄り添うことができるようになるだけではなく、現代社会において仏教を説く際、その理解を深める大きな助けとなる可能性を秘めているようです。「今後は研究にも力を入れたい」と意気込む武田さん。僧侶と臨床心理士。2つの役割を実践する武田さんの果敢な取り組みはまだまだ続きます。
 
また、武田さんは2020年から「お坊さんYouTuber」としてもご活動されています。インタビュー後編では、YouTubeを始められたきっかけや、その成果についてお伺いします。
 
<インタビューの続きを読む>
「お経の動画が人気です」YouTubeを通して見えてきたものとは|武田正文さんにインタビュー<後編>
 
Profile
 
 

 

武田正文さん
島根県、浄土真宗本願寺派高善寺衆徒。あるときはお坊さん、またあるときはカウンセラー。病院、学校、企業、お寺など様々な場面で心の悩みに向き合う。普段は馴染みのない「仏教」を心理学から分かりやすく紹介し、「生きる」ための仏教を探究中。お寺では寺子屋やプログラミング教室を開催し、地域で必要とされるお寺を目指している。山陰中央新報にて『教えの庭から』執筆中。趣味は音楽。

 
 

 
記事作成:他力本願.net
掲載日: 2021.03.26