伝えたい想いを文章に乗せるメソッド│前田純代さんインタビュー<後編>
キーワードは「生活者志向」?読者に寄り添った文章を
――前編では主に、母親として、僧侶としての前田さんのお話をお聞きしましたが、僧侶になる前はどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
前田純代さん(以下、前田):24歳から31歳まで、シンクタンクで情報通信分野のマーケティングに携わっていました。当時、徐々に普及し始めた携帯電話やインターネットなどの情報通信サービスについて、生活者がそれらをどのように使い何を求めているのか、アンケートやインタビューなどの方法で調査し分析してレポートを書く、という仕事でした。
――生活者のニーズを知ることはとても大事ですよね。シンクタンクでの経験が今の前田さんのお仕事に役立っているのでしょうか。
前田:それはあると思います。「マーケティング」というと、お金を稼ぐ考え方のように受け取られてしまいがちです。でもその本質は、相手のことをよく知り、相手に満足してもらえるように製品やサービスをより良くしたり、情報を提供したりする……つまり徹底した「生活者志向」に他なりません。簡単な言葉を使えば、相手の心に寄り添うということです。
そのためか、今でも生活者……文筆のお仕事で言えば読者が何を考え、何を求めているのかを考える癖がついているかもしれませんね。『仏教こども新聞』の場合は、対象が小学4年生なので、そのくらいの歳のお子さんが読める漢字と理解できる言葉、親しみやすい場面設定を用いて文章を作ります。
み教えを正しく伝えることはもちろん大切ですが、相手の立場、背景、考え方に合わせた文章にしないとみ教えも伝わりません。そういう意味で、マーケティングの考え方はすごく大事だと思っています。
情報通信分野では、機器やサービスが高度で複雑になるにしたがって、生活者が使い方や料金体系を理解しにくくなります。その結果、機器やサービス自体が、生活者のニーズから大きく離れてしまっていました。また、組織が大きくなると、生活者の声が組織の上層部に届かなかったりします。そうした機器やサービスの提供者と生活者の距離をもう一度近づけるのがマーケティングであり、私が担当していた仕事でした。
仏教の世界でもこれと同様な状況があると思います。専門用語が多く、一般の方にはわかりにくい側面があります。そのみ教えを、現代の人々の悩みや疑問に応える形で、わかりやすく親しみやすい言葉で伝えていきたいと思っています。
――前田さんの書かれる文章は非常にわかりやすい印象がありますが、「生活者のニーズに合わせる」ことをご専門にされてきたことが背景にあったのですね。
前田:いずれの文章においても、気を付けていることは基本的に同じです。
まず、どなたに対するメッセージなのかを明確に意識します。子どもさんか大人の方か、大人でも何歳ぐらいの方なのか、僧侶なのか一般の方なのかでも、伝えるべき内容は変わってきます。
そして、読者の方が日頃どのような悩みや疑問を抱えていらっしゃるのか、そこを起点に書く内容を決めていきます。そして、その悩みや疑問に対して、仏教はどのような解決策を提案できるのかを考えています。
また、取り扱うテーマは、掃除や洗濯など日常生活に関することにしています。
私は、仏教が日々の生活を生きる上での気づきや変化をもたらすものであると思っています。掃除や洗濯をしたりご飯を食べたり、家族や友人とコミュニケーションする、それら日常の小さな行い、言葉、思いの積み重ねが私たちの人生です。そうした何気ない日々の暮らしの中で、ふと仏さまのことを思い出して心が温かくなるような、そのような経験をしたいのです。だからたとえば、「お経の中にお洗濯のことが書いてあるんですよ」と書いて、読者の方が洗濯するたびに仏さまのことを思い出せるようにしています(笑)。
また、文章を書くときに考慮しているのは、読者がみ教えにどの程度親しんでおられるかという点です。浄土真宗本願寺派の月刊誌である『大乗』の読者は、普段からみ教えに親しんでいる方がほとんどです。言ってみればコアな真宗門徒です。それに対して、『中国新聞』の読者は真宗門徒に限りません。他の仏教宗派の方もいれば、他の宗教の方もいらっしゃいます。特定の宗教に属さない方もいらっしゃいます。そうした方も想定して、『中国新聞』の記事は、『大乗』の記事よりも、浄土真宗の用語を使わず、より一般的な言葉を使うように心掛けています。
いろいろお話してきましたが、実際はまったく思いもよらない所で読者の方が反応してくださったり、反対にこれこそ伝えたいと思ったことがぜんぜん伝わっていなかったり…。でも、そういうときはかえって、私のはからいのおよばない、仏さまの大きなおはたらきを感じますね。私も読者の方も仏さまに育てられ導かれているのだなと感じます。