管理栄養士として、僧侶として。いのちを繋ぎ、世界を笑顔に。│原田慈縁さんインタビュー<後編>
(写真提供:原田さん)
繋がるいのちの中で自己を見つめる
――栄養について学びを深められた原田さんですが、それらと仏教との親和性はどういったところに感じられますか?
原田:中学時代、私は不登校になって学校に行けませんでした。そのときなんとなく、社会から「普通と違う子」というレッテルを貼られたような感覚があったんです。医療的な視点で見ると、新型コロナウイルス感染症が流行する中で、特定のウイルスだけを排除していく雰囲気にもそれと似たようなものを感じますね。ご存知のように、ウイルスは変化を繰り返しています。そんなウイルスをずっと敵対視していてもキリがありません。世間はウイルス排除の姿勢を取っていて、共存することで免疫力を高めていくという考え方にはなかなかシフトしていきません。この状態が続くと、人間の身体は弱っていってしまうと思います。
また、マスクをしない人や、ワクチンを打たないと決めている人に対する風当たりも強いですよね。そうした風潮をすごく危惧しています。世の中はウイルスに限らず、異質なものとどのように共存していくのかを考えていくことが、これからの社会に必要ではないでしょうか。
だからこそ、存在するだけで尊いという仏教的な考え方が必要になっていると考えています。こういう共生的な考え方は、統合医療(*1)と親和性があるのではないでしょうか。
――原田さんの中で、僧侶と管理栄養士に共通したキーワードをあげるとするなら、どんな言葉ですか?
原田:やっぱり「繋がるいのち」ですね。
私は「いのちの連続性」をすごく大切にしています。いま、自分が生きて死ぬまでがいのちだと思っている人がほとんどだと思いますが、そうじゃない。高校生に講義するときに「いのちはいつから始まっていると思う?」と聞くと、「生まれてから死ぬまで」という答えが返ってきます。
じゃあ生まれる前、いのちはなかったのかと聞くと、「あっお腹の中にいました!」っていう答えが出てきます(笑)。そうやって、多くの人にいのちの連続性を伝えつつ、私自身もいのちについて考え続けられればいいなと思っています。
――生まれる前、お母さんのお腹の中にいたことに気付くと、お腹の中にいる前のいのち、お母さんのいのち、おばあちゃんのいのち……といのちは繋がっていることを再確認できる、ということですね。では、今後のご展望を教えてください。
原田:今までは僧侶の自分と管理栄養士としての自分とを分けて考えていて、それがすごく苦しかったんです。僧侶として生きるのであれば、他の道は選べないし、逆に他の道を選べば僧侶ではいられないと思っていました。
その中で私の葛藤に共感してくれる方にも出会い、そうやって最近やっと少しずつどちらの道もひとつに繋がってきて。その上で、私の原点はお寺にあることを今ひしひしと感じています。お寺のいいところは、赤ちゃんからご高齢の方までご縁が繋がっていくという、コミュニティのかたちだと思います。これからも皆さまが幸せに暮らせるよう《心と身体の健康づくり》をお寺で展開していきたいなと思っていますね。
(写真提供:原田さん)
――原田さん、ありがとうございました。
編集後記
葛藤から一度は世間との繋がりを絶たれた原田さん。しかし、ご自身の経験や学びを通して人と繋がり、その繋がりは現在の原田さんを語るのに欠かせないものとなりました。
身体だけでなく心も健康でいるために僧侶として、また管理栄養士として、二つの視点から発信される原田さんの今後に期待が高まるインタビューとなりました。
原田慈縁(はらだ・じえん)さんプロフィール
女子栄養大学 生涯学習講師
浄土真宗本願寺派僧侶
管理栄養士
川崎の浄土真宗のお寺に生まれる。
2010年 日本女子大学卒業後、得度。
2013年に女子栄養大学短期大学部卒業。
栄養士として小学校、特別支援学校などでの勤務中、原因不明の症状を訴える児童が減少しないことから、従来の栄養学に限界と疑問を感じ、独自に研究を始める。
2015年に「分子栄養学」に出会い、多くの選手のパフォーマンス不足や慢性疲労を改善させ成果を上げる。
2020年1月 副代表理事に就任。
2020年11月 代表理事に就任。食でアスリートのパフォーマンスを高めるスポーツ栄養コンディショニングの専門家を日本中に増やすべく活動中。
他にも、女子栄養大学の生涯学習講師として高校での講演や生きづらさを抱える方向けの相談活動など多方面で活躍している。