「信仰」と「観光」 その葛藤の中で|本願寺茶房レポート
お寺へは、どのような目的で訪れますか?お参りでしょうか?それとも観光でしょうか?
西本願寺がある京都は、寺院や神社が多く存在することから、古くから有名な観光地として親しまれています。近年は、日本国内のみならず、海外からも多くの方が訪れるようになりました。
多くの方が寺院や仏教に親しみを持つようになりましたが、それが却って地元の方や信仰者の迷惑になってしまうこともあるようです。寺院にとっては痛し痒しとも取れるこの問題、どのように考えるべきでしょうか?
2020年2月20日(木)に行われた11回目の「本願寺茶房」では、立教大学准教授 門田岳久先生にお越しいただき、「ツーリズムと浄土真宗」と題して、寺院と観光について天岸淨圓先生との公開対談が行われました。両先生は、寺院と観光をどのように捉えられているのでしょうか。当日の様子をレポートします。
信仰から観光、そして信仰へ
門田先生が話題として最初に取り上げたのは、四国遍路でした。これまでも盛んに行われてきた四国遍路、日本人の信仰に興味を持っておられた門田先生は、研究対象としてこの四国遍路を選ばれたといいます。しかし、「昔ながらの信仰の形だけを扱っても、現代の状況を捉えることは難しい」と門田先生。というのも、現在は昔と違って、宿坊の手配は旅行会社が行い、移動はバスで行うのが主流になりました。すべての食事が精進料理ということもなくなったそうです。つまり、四国遍路をされる全ての方が厳格に信仰しているわけではないということです。
では、かつての四国遍路はどのような様子であったのでしょうか?「もともと僧侶の修行であった四国遍路は、江戸時代の後半頃から民衆へと広まり、昭和初期くらいまでは徒歩ですから大変な苦労を伴っていた」と門田先生。当時の四国遍路は、相応の覚悟を持ってのぞむものであり、ツーリズム的な要素はなかったのではないかと話されました。
今では観光としても受け入れられる四国遍路。移動手段が徒歩に限られていたかつては、四国遍路へ向かう方に対して村全員でお見送りをしたというエピソードも紹介されました。道中で亡くなることもあったという四国遍路。大きな覚悟をもってのぞむものが、文明の発達によって観光という娯楽の側面を持ちはじめました。
現代の四国遍路においては、「信仰心があってきてる人とただ観光に来てる人の割合っていうのは非常に後者の方が多いのではないか」と話す門田先生。一方で、信仰心や仏教に興味がない人でも、観光をするうちに興味を持つ人もいらっしゃるといいます。
また、「先達さん」と呼ばれる、一度四国遍路を経験した方が、いわば先輩として若者を教育する役割があります。現在では、資格制度も整備され、旅行会社が添乗員とは別にこの先達さんと契約し、観光客らに対して儀礼作法を教えているそうです。添乗員ではなく、先達さんが教えることによって、四国遍路は単なる観光や遊びではなく、お参りという宗教儀礼だと意識してもらえるといいます。
浄土真宗では、現在は巡礼をあまりすることがなくなりましたが、「親鸞聖人の門弟が言い伝えた七不思議伝説が越後(新潟県)にあり、そこへ浄土真宗の門徒がお参りをするしきたりがある」と天岸先生。やはり、その中でも最初は親鸞聖人を知らない子どもが門徒である親と一緒にお参りをするうちに、だんだんと親鸞聖人に対して興味を抱くという話があったといいます。
「観光とはお寺や仏教の中に生まれる現代的な信仰の形」と門田先生は話されました。観光という側面から、新たなご縁を作る方法を模索することができるかもしれません。
仏教ブームが取り巻く中で
続けて、対談は現代における仏教や寺院に寄せられる期待について取り上げられました。「おそらく今の社会で仏教や寺院に寄せられている期待とは、そこでしか得られない教えや経験ではないか」と話される門田先生。この10年くらいは仏教ブームが続いているそうです。その内容も、単に仏像を美術品として楽しむのではなく、実際に寺院へ足を運ぶというものだそうです。このブームに対して、寺院側がどのように応えていくのかが注目されます。
若年世代の僧侶中心に色々なアイデアが生まれているそうです。多くの寺院が運営問題を抱える中、寺院の修繕にクラウドファンディングを活用したり、門徒以外の方々へ向けた取り組みが各寺院で試みられています。こうした動きを受けて「僧職系男子」と呼ばれる言葉も生まれました。
カフェやヨガの取り組みもよく行われています。特にヨガは、全くご本尊の方向を向かずに行っているところも。しかし、「スポーツジムではなく、お寺でヨガを行うことに意味があるから人々は訪れる」と話す門田先生。ヨガをきっかけに寺院や仏教に興味を持ってもらうことに大きな意味があるといいます。
また、昨今では御朱印もブームになっています。門田先生曰く、御朱印とは参拝者が何か形として参拝したことを残したいからあるのではとのこと。若者世代でも流行しており、Instagramでは、多くの御朱印の写真が投稿され、いわゆる「写真映え」するような御朱印帳まで存在すると紹介されました。
お寺の出身ではなく、中学生の頃に御朱印を集めていたという天岸先生。西本願寺では現状、「これから浄土真宗の教えに触れようとする方への働きかけがない」と話されました。全く興味がない人でも、ちょっとでも興味を持ってもらえると良いのではとのことです。
これに対し、「災害や社会の不安が蔓延する中で、不安の解決を求める人は増えていくのではないか」と話される門田先生。多くの人に親しみを持ってもらうことは重要との考えを示されました。
オーバーツーリズムの葛藤
門徒ではない方々に対して、仏教や寺院に親しみを持ってもらうことが重要と両先生は話されました。しかし、あまりに受け入れすぎると別の問題が発生してしまうようです。
続けて、門田先生は「オーバーツーリズム」についての話題を投げかけました。
オーバーツーリズムとは、観光地に人が大量に押し寄せた結果、観光地周辺の住民に負担が発生してしまう現象のことで、京都でも問題視されています。「ハードルを下げれば下げるほど人は訪れるが、望まない人が訪れる可能性も増える」と話す門田先生。寺院では、お参りに来る門徒の方々と、観光に訪れる方々が入り乱れる形となり、観光をする上でのマナーや最低限の教えの共有が必要ではないかとのこと。実際に、タイの寺院では観光客に向けてやっていいこととやってはいけないことの注意書きが数か国語で書かれているといいます。「一般的な観光地と違って、神聖な空間では厳しく注意する必要もあるのではないか」と門田先生。とはいえ経済的な事情も付きまとうことから、もっと研究者が議論を重ねるべきではないかということです。
今回の本願寺茶房は、観光という側面から寺院や仏教のあり方を考える場となりました。四国遍路や御朱印は、かつての形から大きく姿を変えていることがうかがえます。「時代の流れ」と言えばそれまでかもしれませんが、最も大切とするべき信仰が失われるのはやはり問題でしょう。
仏教がブームとして世間から注目を浴びること自体は、非常にありがたいことです。この熱が過熱しすぎないよう、適宜加減の調整が必要なのではないでしょうか。
西本願寺がある京都は、寺院や神社が多く存在することから、古くから有名な観光地として親しまれています。近年は、日本国内のみならず、海外からも多くの方が訪れるようになりました。
多くの方が寺院や仏教に親しみを持つようになりましたが、それが却って地元の方や信仰者の迷惑になってしまうこともあるようです。寺院にとっては痛し痒しとも取れるこの問題、どのように考えるべきでしょうか?
2020年2月20日(木)に行われた11回目の「本願寺茶房」では、立教大学准教授 門田岳久先生にお越しいただき、「ツーリズムと浄土真宗」と題して、寺院と観光について天岸淨圓先生との公開対談が行われました。両先生は、寺院と観光をどのように捉えられているのでしょうか。当日の様子をレポートします。
信仰から観光、そして信仰へ
門田先生が話題として最初に取り上げたのは、四国遍路でした。これまでも盛んに行われてきた四国遍路、日本人の信仰に興味を持っておられた門田先生は、研究対象としてこの四国遍路を選ばれたといいます。しかし、「昔ながらの信仰の形だけを扱っても、現代の状況を捉えることは難しい」と門田先生。というのも、現在は昔と違って、宿坊の手配は旅行会社が行い、移動はバスで行うのが主流になりました。すべての食事が精進料理ということもなくなったそうです。つまり、四国遍路をされる全ての方が厳格に信仰しているわけではないということです。
では、かつての四国遍路はどのような様子であったのでしょうか?「もともと僧侶の修行であった四国遍路は、江戸時代の後半頃から民衆へと広まり、昭和初期くらいまでは徒歩ですから大変な苦労を伴っていた」と門田先生。当時の四国遍路は、相応の覚悟を持ってのぞむものであり、ツーリズム的な要素はなかったのではないかと話されました。
今では観光としても受け入れられる四国遍路。移動手段が徒歩に限られていたかつては、四国遍路へ向かう方に対して村全員でお見送りをしたというエピソードも紹介されました。道中で亡くなることもあったという四国遍路。大きな覚悟をもってのぞむものが、文明の発達によって観光という娯楽の側面を持ちはじめました。
現代の四国遍路においては、「信仰心があってきてる人とただ観光に来てる人の割合っていうのは非常に後者の方が多いのではないか」と話す門田先生。一方で、信仰心や仏教に興味がない人でも、観光をするうちに興味を持つ人もいらっしゃるといいます。
また、「先達さん」と呼ばれる、一度四国遍路を経験した方が、いわば先輩として若者を教育する役割があります。現在では、資格制度も整備され、旅行会社が添乗員とは別にこの先達さんと契約し、観光客らに対して儀礼作法を教えているそうです。添乗員ではなく、先達さんが教えることによって、四国遍路は単なる観光や遊びではなく、お参りという宗教儀礼だと意識してもらえるといいます。
浄土真宗では、現在は巡礼をあまりすることがなくなりましたが、「親鸞聖人の門弟が言い伝えた七不思議伝説が越後(新潟県)にあり、そこへ浄土真宗の門徒がお参りをするしきたりがある」と天岸先生。やはり、その中でも最初は親鸞聖人を知らない子どもが門徒である親と一緒にお参りをするうちに、だんだんと親鸞聖人に対して興味を抱くという話があったといいます。
「観光とはお寺や仏教の中に生まれる現代的な信仰の形」と門田先生は話されました。観光という側面から、新たなご縁を作る方法を模索することができるかもしれません。
仏教ブームが取り巻く中で
続けて、対談は現代における仏教や寺院に寄せられる期待について取り上げられました。「おそらく今の社会で仏教や寺院に寄せられている期待とは、そこでしか得られない教えや経験ではないか」と話される門田先生。この10年くらいは仏教ブームが続いているそうです。その内容も、単に仏像を美術品として楽しむのではなく、実際に寺院へ足を運ぶというものだそうです。このブームに対して、寺院側がどのように応えていくのかが注目されます。
若年世代の僧侶中心に色々なアイデアが生まれているそうです。多くの寺院が運営問題を抱える中、寺院の修繕にクラウドファンディングを活用したり、門徒以外の方々へ向けた取り組みが各寺院で試みられています。こうした動きを受けて「僧職系男子」と呼ばれる言葉も生まれました。
カフェやヨガの取り組みもよく行われています。特にヨガは、全くご本尊の方向を向かずに行っているところも。しかし、「スポーツジムではなく、お寺でヨガを行うことに意味があるから人々は訪れる」と話す門田先生。ヨガをきっかけに寺院や仏教に興味を持ってもらうことに大きな意味があるといいます。
また、昨今では御朱印もブームになっています。門田先生曰く、御朱印とは参拝者が何か形として参拝したことを残したいからあるのではとのこと。若者世代でも流行しており、Instagramでは、多くの御朱印の写真が投稿され、いわゆる「写真映え」するような御朱印帳まで存在すると紹介されました。
お寺の出身ではなく、中学生の頃に御朱印を集めていたという天岸先生。西本願寺では現状、「これから浄土真宗の教えに触れようとする方への働きかけがない」と話されました。全く興味がない人でも、ちょっとでも興味を持ってもらえると良いのではとのことです。
これに対し、「災害や社会の不安が蔓延する中で、不安の解決を求める人は増えていくのではないか」と話される門田先生。多くの人に親しみを持ってもらうことは重要との考えを示されました。
オーバーツーリズムの葛藤
門徒ではない方々に対して、仏教や寺院に親しみを持ってもらうことが重要と両先生は話されました。しかし、あまりに受け入れすぎると別の問題が発生してしまうようです。
続けて、門田先生は「オーバーツーリズム」についての話題を投げかけました。
オーバーツーリズムとは、観光地に人が大量に押し寄せた結果、観光地周辺の住民に負担が発生してしまう現象のことで、京都でも問題視されています。「ハードルを下げれば下げるほど人は訪れるが、望まない人が訪れる可能性も増える」と話す門田先生。寺院では、お参りに来る門徒の方々と、観光に訪れる方々が入り乱れる形となり、観光をする上でのマナーや最低限の教えの共有が必要ではないかとのこと。実際に、タイの寺院では観光客に向けてやっていいこととやってはいけないことの注意書きが数か国語で書かれているといいます。「一般的な観光地と違って、神聖な空間では厳しく注意する必要もあるのではないか」と門田先生。とはいえ経済的な事情も付きまとうことから、もっと研究者が議論を重ねるべきではないかということです。
今回の本願寺茶房は、観光という側面から寺院や仏教のあり方を考える場となりました。四国遍路や御朱印は、かつての形から大きく姿を変えていることがうかがえます。「時代の流れ」と言えばそれまでかもしれませんが、最も大切とするべき信仰が失われるのはやはり問題でしょう。
仏教がブームとして世間から注目を浴びること自体は、非常にありがたいことです。この熱が過熱しすぎないよう、適宜加減の調整が必要なのではないでしょうか。
Author
他力本願ネット
人生100年時代の仏教ウェブメディア
「他力本願ネット」は浄土真宗本願寺派(西本願寺)が運営するウェブメティアです。 私たちの生活の悩みや関心と仏教の知恵の接点となり、豊かな生き方のヒントが見つかる場所を目指しています。
掲載日: 2020.03.25