IGESと考える気候変動問題とは|地球環境戦略研究機関インタビュー①前編
台風や豪雨による洪水や、熱波などの異常気象が頻発し、国や地域によっては多くの人が食料や水、住むところなどを十分に得られないような状況にまで追い込まれていく「気候変動問題」。日本でも大きな被害が続いています。
私たちはこの問題をどう理解すれば良いのでしょうか。
気候変動による被害を小さくするために、私たちがどのような暮らしをするべきなのか、その選択肢をまとめた報告書『1.5℃ライフスタイル ― 脱炭素型の暮らしを実現する選択肢 ―』を発表した「公益財団法人地球環境戦略研究機関」、通称IGES(アイジェス)の小嶋公史(こじま・さとし)さん、渡部厚志(わたべ・あつし)さん、そして杉原理恵(すぎはら・りえ)さんよりお話を伺いました。
■公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)とは?
――本日はよろしくお願いします。まず、この公益財団法人地球環境戦略研究機関、通称IGES(アイジェス)はどういった組織なのでしょうか?
杉原理恵さん(以下 杉原):私たちIGESは日本政府と神奈川県の主導によって設立された政策研究機関です。
気候変動やSDGs、生物多様性、持続可能な消費と生産などに関する研究をはじめ、政策提言、海外で行われるプロジェクトへの協力、G20や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)のような国際交渉や国際プロセスに対する協力や科学的知見の提供などを行なっています。
小嶋公史さん(以下 小嶋):IGES設立の最初のきっかけは1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた開発と環境のための国連会議です。そこで21世紀に向けて、持続可能な開発を実現するために、各国および関係国際機関が実行すべき行動計画である「アジェンダ21」が正式に決まりました。その目標を実現していく上で、日本にも国際的な研究機関が必要だという政府からの要請を受けて、日本の財団法人としてIGESがスタートしたのが1998年のことです。
研究員の4割弱が外国籍という、国際的な視野で研究をしているのが特徴ですね。また、理事会や経営のトップも日本人だけではなく、海外の研究所や大学の先生方に諮問委員会や理事会に入っていただいて運営方針を決めています。
杉原:最近は分野横断的な活動や情報発信にも力を入れています。
今回の『1.5℃ライフスタイル ― 脱炭素型の暮らしを実現する選択肢 ―』は、消費の観点に着目し、どのようにして気温上昇を1.5℃未満に抑えることができるかという研究に関するレポートで、「持続可能な消費と生産」という研究領域のチームがリードしたものです。
――なるほど。IGESは気候変動だけではなく、環境を中心としたさまざまな地球規模の課題に関する国際的な視野を持った研究機関なんですね。
IGES 葉山本部(神奈川県)
■気候変動問題とプラネタリー・バウンダリー
――「地球温暖化」や「気候危機」など、様々ないい方を聞きますが、IGESの皆さんは気候変動問題をどのように考えていますか?
小嶋:「これ以上自然を壊したら健全な生存を脅かされかねないいくつかの環境領域」の一つが気候変動問題だと捉えています。一定以上気候変動もしくは温暖化が進んでしまうと、場合によっては人類が生きていく上での基盤が脅かされるような危機的な状況になります。
これを防ぎ、われわれ人類が持続可能な形で生存していくためには、地球の限界を考えなければなりません。いわゆる「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」といわれるものですね。
プラネタリー・バウンダリーには気候変動問題だけではなく、他にも生物多様性や水の問題など、「そこを乱してしまうと取り返しがつかない」ものがいくつもあります。ですから、気候変動問題だけ解決すればいいということではなくて、すべてのプラネタリー・バウンダリーについて解決しなければいけません。そのためには環境の問題だけではなく、権利や経済といった社会の問題にも立ち入らなければなりません。気候変動問題は、重要ではありますが、多くの問題の一つなんです。
――私たちは気候変動問題だけではなく、他にも多くの解決しなければならない問題を抱えているんですね。しかもとても複雑な。
■青天井の欲望の結果として
杉原:IGESでは気候変動を喫緊かつ重要な問題の一つとして捉えています。例えばプラスチック問題や生物多様性を研究している研究者も、気候変動問題を重視しています。その先にあるのは人類全体の食料安全保障や、それをめぐる紛争などの様々な問題です。
他方で、気候変動問題は、因果関係が明確には見えないからこそ、知らず知らずのうちに自分たちの首を絞めてしまっている面があるように思います。
気候変動問題は、自分たちも地球の一員であるにもかかわらず、その限界を無視して開発を進めたことによって現れた結果の一つともいえるでしょう。その背景にある私たちの欲望の持ち方を見つめ直さなければ、たとえ気候変動問題を解決できたとしても、別の問題が現れてくるのではないのかと思っています。
――そうですね。知らなかった、わからなかったからとはいえ、私たちの飽くなき欲望がこの状況を招いてしまった、という面は否定できませんし、この欲望を無視して状況だけを解決してもまた繰り返し、というのもおっしゃる通りだと思います。
■気候変動問題の特徴と、その先の可能性
渡部厚志さん:気候変動問題はSDGsにある人類の生存を脅かす問題の中でも、非常に大きいものですし、これによって他の問題、例えば飢餓や災害などがどんどん悪化してしまうという点ではやはり放置できません。
その一方で、気候変動問題の先には新しい可能性もあるように思います。
この問題は、今までの公害問題のようなものに比べると、原因と結果の間に様々な要素が入っているので、誰が悪い、どこの部分が悪いということが非常に言いにくい問題です。例えば日本でも大きな台風で水害にあって財産だけではなく命までなくしてしまった方はたくさんいらっしゃいます。それは誰が悪かったからそうなったのか、そう簡単には名指しできません。この150年のあいだ、人類が豊かになるためにやってきた全てが関わることです。どこから直したらいいのか、すぐにはわかりません。
つい最近まで日本では「気候変動問題」ではなく「地球温暖化」と呼ぶことが多かったと思います。「温暖化で海面上昇」というと、自分たちのことではなくて、南のどこかの島の問題だと考えてしまいがちです。
ですが、本当にこの4、5年、気候変動問題はどの社会でも、どんな人でも、全ての人が力をあわせて取り組む必要があることなんだという風に変わりつつある。これは人類史上では画期的なことなのではないかと思っています。
この気候変動問題は本当に大きな問題ですが、それと同時に、今までの国と国の対立や、貧しい人と豊かな人の間の対立を乗り越えるきっかけになるものかもしれません。
<編集後記>
気候変動問題は、これまでに人類がほとんど体験したことが無い、地球規模の、そしてすべての生命に関わりがある問題です。その背景には、私たち人類の持つ青天井の欲望があります。これを乗り越えようとしたその先に、いったいどのような世界が待っているのでしょうか。
インタビュー後半ではこうした気候変動問題に対して世界が、そして日本がどのように動いているのかについて、引き続きIGESの皆さんからお話を伺います。
1994年よりコンサルティング技師として政府開発援助プロジェクトに従事。英国ヨーク大学環境学部で博士号取得後、2005年より現職。主に東アジア地域の持続可能な開発に関する定量的政策分析に従事。専門は環境経済学、環境・開発政策評価。
福島原発事故後の生活再建に関する調査等に従事した後、国連持続可能な消費と生産10年計画枠組み「持続可能なライフスタイル及び教育プログラム」の運営を担当。安全・安心で持続可能な生活環境の構築を目指すコミュニティや都市の活動を支援する。
2018年より現職。環境・持続可能性に関する情報発信に従事。小嶋、渡部とともに、私たちの日常生活が気候変動に与える影響や持続可能な未来のためにできる行動を示した児童向け書籍『はかって、へらそうCO2 1.5℃大作戦』(さ・え・ら書房)を監修した。