お寺で死について語る【後半】
10月20日、京都市の浄土真宗本願寺派明覺寺で、死についてカジュアルに語るDeathカフェが開催されました。「音楽」をテーマに、34名の方が死について考え、語り合いました。後半では、実際に会に参加してみてどんなことを感じたのか参加者の方々の声を紹介していきたいと思います。
「歌の作られた背景を知ることによって、何気なく聞いていたこの曲も、あの曲も、死について語ってあったんだ、と驚いた。死は、自分自身が思っているよりも随分と身近なことだったんだなぁと感じた。どうせ誰にだって訪れるものならば、つらく悲しいだけではない意味を見つけたい。」
「自分が今現在支えにしていることが、死ぬ直前には全く支えにならないことを実感して呆然とした。死を意識することで本当に頼りになるものってなんなのかを考えることが出来た気がする。」
「初めてDeathカフェに参加して、今日初めて会った方とこんなに話すことができるなんて思わなかった。また参加したいです。」
「死について考えることは、生きることを考えることだと思う。」
最後には、Deathカフェを体験して感じた漢字1文字を持って記念写真を。会場に来られた時の緊張した雰囲気から一変、晴れやかなお一人おひとりのお顔がとても印象的でした。
いかがでしょうか。今後も、Deathカフェは定期的に開催される予定だそうなので、興味のある方は、是非下記のURLからチェックしてみてください。
◆Deathcafeとは?
元々はスイス発祥の死についてカジュアルな雰囲気で語りあうもの。現在、日本でも北海道、東京、名古屋など様々な場所で開催されている。京都では、浄土真宗の若手僧侶のグループワカゾーが2年ほど前から寺院で開催。ワカゾー主催のDeathカフェについて、詳しくは…
https://www.facebook.com/deathcafe.wakazo/?fref=ts
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