「謙虚と自己否定のラインがわからない」【僧侶の部屋】

「僧侶の部屋」では、様々な経歴を持つ僧侶たちが、世の中のよくある悩みを勝手にテーマにして座談会形式で自由に話し合います。
 
人との会話はいつだって難しいものです。相手の機嫌を損ねないように配慮したつもりなのに、結局角が立ってしまう、というのは誰にだって覚えがあるものなのではないでしょうか。
 

今日のテーマ:謙虚と自己否定のラインがわからない
自分がしたことを主張するのが苦手で、友達に褒められて黙っているとけげんな顔をされるし、「そんなことないよ」というと「自己否定するな」と言われてしまう。

 

 

《本日の僧侶プロフィール》

・田舎好き僧侶
大自然とスローライフをこよなく愛する僧侶。将来は畑をいじって暮らしたいと夢見る。
 
・家電僧侶
学生時代から6年間、家電量販店でアルバイトをしていた僧侶。家電業界と接客について理解がある。
 
・サイバー僧侶
お寺生まれIT育ち。趣味が高じてIT業界に進むも、自らの使命に気づき僧侶の道に。最新機器への物欲が目下の悩み。
 
サ:ああ、こういうのあるよね。
 
田:謙虚と自己否定ってどう違うんだろう?ポジティブにとらえると謙虚で、ネガティブにとらえると自己否定?
 
家:これ、受けとるほうの問題じゃないですかね。相手の気分ひとつでどっちにでも取れてしまうというか。
 
サ:うーん、でも謙虚さを美徳とするというか、自己主張を嫌う文化というのはあると思うな。
 
田:「お前すごいな」って言われて「そうだろ」って答えちゃうとちょっと複雑というかなんというか。そう考えると日本って難しいよね。海外だと「サンキュー」の一言で済むのに。
 
サ:ちょっと即物的に考えてみよう。黙っていると変な空気になる。否定すると自己否定ととられる、と。じゃあ、「ありがとう」って返したらどうだろう。素直に「まだまだかもしれないけれど、あなたから認められるのはうれしい」みたいな。
 
家:それはいいですね。褒めてくれた相手のことも否定していないし。ああそうか、こういう場面に否定形で答えると、褒めてくれた相手のことをけなすことになるから、ネガティブにとられて「自己否定」って言われるのか。
 
田:ただ、自己否定というのは、自分をより深める大事な機会とも捉えられるから、決して一方的にネガティブといえるものではないんだよね。自分の現状を肯定してばかりでは前に進めなくなる時が必ずある。
 
サ:親鸞聖人は内省の心を大事にしていらっしゃるよね。仏様から自分を見せていただいたら、至らないところに気づかされるというか。これは単純な自己否定でも自己肯定でもないけれど、そういう視点は必要なことなんじゃないかな
 
家:そう考えると謙虚は社会におけるコミュニケーションや文化の問題で、自己否定はもっと本質的な問題なのかもしれませんね。
 
 
僧侶たちの議論はまだまだ続きますが、ひとまずここまで。
以上、僧侶の部屋での座談会でした。何かのヒントになれば幸いです。
掲載日: 2020.06.12