<こどもの日ピックアップ>子育て×仏教「ジグザクな人生の歩み。学び続ける生き方」


子育てという切り口から、人生を豊かに生きるヒントが見つかる企画。
「子育てってしんどい。でも、それだけじゃない」
 
「勉強ができれば幸せになれるの?」
 
「東大に入ったら、大きな会社に就職できれば、将来は安泰?」
 
「とにかく、勉強だけをさせておいたら大丈夫?」
 
先行きが見えない不安な時代。
AIによって、これからたくさんの仕事がなくなっていきます。
 
ほとんどの子は、今はまだない職業につくと言われています。そんな時代に生きる子どもたちにとって、本当に必要なチカラとはなんでしょうか?
 
 
「ジグザクな人生の歩み。学び続ける生き方」
 
 
<話題提供者>
丘山願海(おかやま がんかい)
京都大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院にてインド哲学を専攻。戦後初の仏教研究の留学生として北京大学、中国社会科学院で学ぶ。ミュンヘン大学客員研究員を経て、1994年から2012年まで東京大学東洋文化研究所教授。2013年に得度し僧籍を得る。現在のテーマは、自己の幸福と他者の幸福との関わりを根源的に問い直す共生理論など。浄土真宗本願寺派総合研究所所長。
 
<ゲストスピーク>
司会
本日の会は曼荼羅トークというやり方で進めさせていただきます。
曼荼羅トークとは、ウェブマガジンgreenz(http://greenz.jp)の元編集長の兼松佳宏さんが編み出された「沢山の言葉とであいのお土産」があるという魅力的な手法です。すでに丘山先生にキーワードを数個出していただいております。参加者の方々に聞きたいキーワードをその中からまず1つ選んでいただきます。また、選んでいただいた参加者の方々には、なぜそのテーマを選ばれたのか少しお話を伺い、それから、登壇者の方々にキーワードを中心にお話を伺っていく、という様な流れで進んで参ります。
 

曼荼羅トーク、6つのテーマ
・どうやると成績が上がるのか?
・親子の「対話」していますか?
・よい大学ってなんだろう?
・「信じている」は親の身勝手?
・学び続ける生き方とは?
・「賢さ」ってなんだろう?

 
参加者のみなさまに気になるテーマを選んでいただきます。その際、選んだテーマとその理由も少しお話しください。
まずは丘山先生、自己紹介から。
 

 
――丘山先生
みなさん、こんにちは。
いきなりですが、皆さん、どうやって自己紹介しますか?
普通、自己紹介と言うと、名前と年とどんな仕事をしているかとか、家庭はどうで、会社はこうで、という肩書きとかが多いのではないですか?それらは言うなれば、わたしの外枠のものと僕は思っていますね。
すごく簡単に言っちゃうと、夫がいて、子どもがいてって言っても、もし離婚したりしたら変わるじゃないですか。
こういう企画の時にやりたい自己紹介、知りたい自己紹介というのは、そういった外枠のことよりも、
「私はこんなことを願いながら、生きてきました」「自分がどうやって生きてきたか」を僕は知りたいですね。
良い企業であろうが、東大に行こうが、どうでもいいことだと僕は思っています。
どうです?だいたいこれで、自己紹介になってると思うけど(笑)。
まぁ、そうは言っても皆さんにとっては僕と初対面の方もいらっしゃるので、あとで普通の自己紹介もしますね。
 
まずは少し皆さんのことも聞いていきたいですね。
いつもこういう会に来て思うんだけど。皆さん、なんで来てくれたの?何しに来たんですか?
それぞれに参加理由はあると思うけど、この週末の大変な時に時間を作ってきてくれているわけでしょ?すごいよね。
はい!あなた、何しに来てくれたんですか?
 
——参加者女性
いろんなお話を伺って、色々と自分なりに分かっていきたいと思いまして来ました。
 
——丘山先生
急にマイク渡してしまったけど、答えてくれてありがとう。
僕は教育のことは専門ではなくて、仏教のことをずっと勉強しています。
それと、今日は、これだけはお伝えしようと思っていることがあります。
僕は「僕の人生は失敗だらけ」ということを言っておきたい。それだけは自信を持って言えるんですよね。
まず、最初の失敗は私立の小学校を2つ落ちている。兄弟四人他はみんな受かりました。小学校の編入試験も受けさせられて、それも落ちた。
今でも覚えているのは、「月はどっちから出てくるんだ?」という質問で、月って西の印象があるじゃないですか。だから、「西だ」って言ったらね……落ちた。それだけはよく覚えている。
 
プレッシャーに弱いんですね。
中学受験も2つ落ちたよ。それは小学校の先生が前日に激励に来て、牛乳をくれて、それを飲んでお腹を壊したんです。
高校になってやっと受かって、試験に受かるってこういうことか、と思ってちょっと嬉しかった。
高校に入って、1年目で先生がこのまま勉強していたら東大行けるから、真面目に勉強してろって言われた。ただ、僕はへそ曲がりなんでそう言われると嫌になって、1番2番を競ってたりもしたんだけど、ある時に僕よりもできる友達がいて、その子が「勉強はやめよう。ぼくが社会勉強を教えてやる」と言って、銀座行ったり、新宿行ったりしてましたよ。学校の帰りにね。
そうしていて大学受験をしたら、落ちましたよ。その時は腹が立ちました。なんで僕は受からないんだ、と思って。東大の教師が成績の悪い奴から合格させたんだろうと、本当に思ったりして。
その後は、京都大学に来て、天文学をやるつもりだったけど、大学に入って天文学の教室に行ってみると、みんなコンピューターばかりに向かってたから、やめました。「僕は星を見たいんだ!」ってね。
それと、その時は学生運動が激しい時でそればっかりして、勉強なんてしていなくて。
で、大学が終わった後に、このまま企業に自分の人生の時間を売るわけにはいかないな、と思った。それで、1年間いろんなことを勉強してみようと考えて、結局、仏教、インドの思想が一番自分の役立つな、と思った。人生を考えるのに役に立つな、と。それで東大に入って、仏教を学びはじめたのだけど、
仏教のことでいいますと、どうも、大学で「悟る」ことはできないなぁと思ったね。僕はお釈迦様のように本気で悟るつもりでいたから。
だから、勉強していたけど、もう論文だけ書いてやめようと思っていた。
 
ただそこで、本当に尊敬できる先生に出会えたんですよね。
 
その先生が「君は大学をやめるとか言ってるらしいけど、短気を起こすな。信仰と学問は両方で助け合うものだ。今の仏教学は全部間違ってる。」と言ってくれた。「そんならいいや!」と思って、大学を続けることにした。
ただし、先生は「仏教は間違いだ」とは言っていないんですよね。仏教を研究している今の人たちが全部間違っている、ということだった(笑)。それで、僕の思っていたことはまんざら間違いじゃないな、と安心して大学で勉強を続けたんです。
 始めはインドについて勉強してたけど、途中からは中国のことを勉強し始めた。当時、日本を見渡してみて中国仏教の勉強をしているのに、中国に行った人が誰もいなかったんですよ。
ちょうど、文化大革命 が終わったばかりの頃で中国に留学に行けなかった。けど、心のどこかではずっと行きたいなぁとは思っていたら、ちょうど、文化協定が結ばれて行けることになった。それで、妻子を置いて中国に行きましたね。後で恨まれましたけど。
ぼくは本気で遣唐使を再開する!と思っていたんですよ。みんな笑ってるけど。そういう妄想を持っていた。妄想=志(こころざし)だからね。妄想って大事ですよ。場合にもよるけど。
 

 

 
記事作成:他力本願.net
掲載日: 2021.05.05