「おじいちゃんはヤモリに生まれ変わった」タイの人びとが持つ死生観とは|古山裕基さんインタビュー<後編>

「おじいちゃんはヤモリに生まれ変わった」タイの人びとが持つ死生観とは|古山裕基さんインタビュー<後編>

 
「世界の揺れ動く現場」を求め、タイの児童養護施設に滞在することになった古山 裕基(こやま・ひろき)さん。そこで見たのは、エイズで苦しんだ子どもたちの姿でした。そして、古山さんは看護師になり、エイズ支援を行うことを決意。しかし、待っていたのはいくつもの壁でした。
インタビュー後編では、古山さんが看護師を目指すまでのお話と看護の現場で見たタイ人の死生観についてお伺いします。
 

 
 

エイズ患者の支援がしたかった

 

看護学生時代の古山さん(前列、右から2番目が古山さん)(写真提供:古山さん)

 
――古山さんはタイで看護師を目指されたと伺いました。どうして、異国の地で看護師を目指されたのでしょうか?
 
古山 裕基さん(以下:古山):児童養護施設で役に立てなかったこともあり、単純に誰かの役に立ちたいと思っていたんです。役に立つ方法は色々あると思いますが、タイに限らずどこの国に行っても役に立つ職業は何かと考えたときに、医者を思いついたんですね。でも医学の道は僕にとって非常に難しく、また費用もかかるので現実的ではありませんでした。
 
同時期に、病院で勤めていた知人から、今後日本でも男性看護師が必要とされてくると教えていただきました。日本だけでなく、看護は世界中で通用すると思い、看護師になることを決意したんです。また、当時タイではエイズが社会問題になっていました。児童養護施設では、両親をエイズで亡くした子どももいました。そんなこともあり、看護師としてエイズ治療の支援を行いたいと思い立ったんです。
 
早速、日本から参考書を送ってもらって勉強を始めたのですが、いかんせん科学や生物が不得意で、なかなかうまく行きませんでした。依然としてタイ語も全然話せない状態だったのですが、児童養護施設の先生に「せっかくだから」と地元大学の看護学部への入学を勧められたので、願書を出しました。その時に提出した高校時代の成績は悲惨なもので、まず受からないだろうと思っていましたが……。
 
――結果はどうでしたか?
 
古山:それが受かったんです。まさか僕も受かるとは思っていなかったので、驚きましたね。でも、その驚きは入学後に落胆へと変わりました。
入学後のオリエンテーションで僕だけ学部長に呼び出され、「とりあえず入学は認めるが、君のタイ語能力では卒業に8年はかかるだろう」と言われました。じゃあなんで入学を認めたんだと。もっと早くそれを言ってくれたら、僕は諦めて日本で看護師を目指していたと思いますね。
 
――確かに、言うタイミングが遅すぎるようにも思いますね……。
 
古山:実際、授業は全くと言っていいほどわかりませんでした。唯一理解できたのが体育の授業でしたね(笑)。
それでも定期試験は3か月に2回、容赦なく実施されます。もちろん試験は全然解けませんでした。結局、単位は落としまくって再試験を繰り返しましたが、なんとか4年で卒業は出来ました。
 
――当初、8年かかると言われたところを4年で卒業されたのはすごいことですね。
 
古山:恐らく、僕がタイ人の学生であれば留年か退学処分になっていたと思います。というより、入学すら認められていないでしょう。それでも入学を認められ、4年で卒業できたのは、恐らく僕が外国人だったからなんです。僕が通っていた大学はコンケン大学という、地方都市にある大学で、外国人の生徒は少ないんですよね。なので、国際交流や、タイの生徒の刺激という意味合いで勉学をさせてくれたんだと思います。
 
また、学友にも恵まれました。同級生や先輩の方々が、勉強を色々と教えてくれたんです。彼らも試験や課題が沢山あるのに、です。そうしたご縁もあって、難しい勉強でしたが続けることができました。でも、僕は看護師に向いていないとも思いましたね。
 
――それはどうしてですか?
 
古山:看護実習で刑務所から移送された犯罪者の看護を担当したのですが、その時にどうしてもその方の社会的な背景事情に興味を持ってしまい、向き合うべき病気に興味を持てなかったのと、そもそもタイではエイズ看護の活躍の場がないと分かったからなんです。
 
4回生の時に医学部の先生に呼び出されて、志望動機を伝えたところ、「エイズ治療はタイ人でも十分できるから、外国人の君が活躍できる現場はない。少し考え直したほうが良い」と。事実上の退学勧告ですね。でも4回生まで進んで、今さら辞める勇気もありませんでしたので、そのまま卒業しましたが、たしかにタイで活躍の場はありませんでした。
 
――卒業後はどうされたのですか?
 
古山:その後はタイの国際病院で通訳として働いたのち、青年海外協力隊に入り南米のベネズエラでエイズ患者の支援活動を行いました。
ベネズエラでは毎週のようにエイズの患者さんが亡くなっていきました。あまりにも多くの方が亡くなっていったので、精神的にもつらかったです。その時に、タイで学んだ死生観を思い出しました。
 
 

「おじいちゃんはヤモリに生まれ変わった」タイ人の持つ死生観

   

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掲載日: 2021.12.22