心の在りよう見つめ、どう制御するか【釈尊のことば】


前の記事
2022年9月19日
記事作成:他力本願ネット

次の記事

心の在りよう見つめ、どう制御するか

(写真:AC)

 

釈尊の言葉⑧ーー本願寺派総合研究所所長 丘山 願海
(『本願寺新報』 2015年(平成27年)6月10日(水)号より)

 

心はきわめて見がたく、まことに微妙で、欲望のままに動き回る 聡明な人はこの心を制御し、制御された心は幸せをもたらす (ダンマ・パダ 36偈)

 
「心は捉えがたく、軽くたちさわぎ、欲望のままに動き回る」(35偈)、「心は遠くにさすらい、独り動き、姿かたちなく胸の奥深くに潜んでいる」(37偈)と前後にも心について述べられます。
 
心って、本当に不思議です。喜んだり、悲しんだり、また苦しむ。しかも、悲しもうと思って悲しむわけでなく、喜びたいと思って喜べるわけでもない。自分の心は自分のものでありながら、思い通りにならず、頭で制御することもできません。この偈は、欲望に振り回される心は、見ることもできず、捉えがたく、制御するのがとても難しいと言っています。
 
私の心って、身体のどこにあるのでしょう?心は、心臓や肺などの身体の一部のような存在ではありません。で、心は「物」でない。空(くう)の思想家・龍樹菩薩なら「心という言葉だけがあり、実際には存在しない」といわれるでしょう。実体なきものにしがみつくから苦しみが生じる、というのが思想の根本だからです。でも、デカルトの「我思う、故に我在り」に倣えば、「心が(喜怒哀楽を)感じる、故に心在り」とも言えます。まったく「心は見がたく、微妙で」「捉えがたい」という通りです。私たちが「心」というのは、物的な存在でなく、喜び悲しむ「はたらきそのもの」なのでしょう。
 
心の在りようを見つめ、どう制御するかを探求してきたのが仏教です。これは人類の精神史でも際だった特色です。そして、人間の心の在りようや欲望の根深さを見抜かれたのが、親鸞聖人なのです。
 

*ーーーーーーーーー*

 
『本願寺新報』の情報はこちら
 
◆本願寺新報 概要説明
毎月3回(1日・10日・20日)発行
但し、1月1日号は「新年特集号」、8月1日号は「お盆特集号」として発行。
また、7月10日号・12月10日号は休刊。
 
発刊以来120余年の歴史を持つ「本願寺新報」は門信徒の方々の新聞です。
宗門の動き、社会問題、やさしい法話、童話のページなど新しい情報が紙面いっぱい。
1面と最終面はカラー写真を豊富に使ったカラフルな紙面づくりを行っています。
一家に一紙、ご購読をお勧めします。
 
※同じ号を一括して多部数お申し込みいただいた場合には、部数割引。
※ご購読継続の案内は終了月の45日前。
 
※写真はイメージです

     

Author

 

他力本願ネット

人生100年時代の仏教ウェブメディア

「他力本願ネット」は浄土真宗本願寺派(西本願寺)が運営するウェブメティアです。 私たちの生活の悩みや関心と仏教の知恵の接点となり、豊かな生き方のヒントが見つかる場所を目指しています。

≫もっと詳しく

≫トップページへ

≫公式Facebook

掲載日: 2022.09.19