怨みは、怨みを捨ててこそやむ【釈尊のことば】


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2022年9月1日
記事作成:他力本願ネット

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怨みは、怨みを捨ててこそやむ

(写真:AC)

 

釈尊の言葉⑤ーー本願寺派総合研究所所長 丘山 願海
(『本願寺新報』 2015年(平成27年)5月10日(日)号より)

 

まこと、この世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの息(や)むことなし。怨みを捨ててこそ息む。これは永遠の真理である。 (ダンマ・パダ5偈)

 
世界では、怨みや憎しみの連鎖が絶えません。人間の憎悪の連鎖は、釈尊の生きられた2500年前の時代にもあったことを、この聖句は伝えます。
国や組織との間では戦争が起こり、また個人と個人との間でも、さまざまな争いが消えることがありません。人の心から怨み憎しみという醜い想いが消えるときはこないのでしょうか?
 
でも、そういう人間の世界でも希望の光を見ることもあります。世界大戦後、サンフランシスコで講和条約を結ぶ際にスリランカはこの聖句を引き、戦争はもう終わったのだ、憎しみあうことはやめようと、わが国に対して賠償を放棄しました。
また、古くは、法然聖人の父が敵に討たれ、瀕死の枕辺に幼い聖人(勢至丸・せいしまる)を呼んで、「勢至丸よ、仇(あだ)を報ずることをしてはならない。もしお前が敵を恨めば、また敵の子孫がお前を恨み、殺しあい傷つけあうことが限りなく続くであろう。お前は敵を恨むことなくいそぎ仏道をもとめ、わが菩提(ぼだい)をとむらえ」と語ったと伝えられています。
 
スリランカのお話も、法然聖人の言い伝えも、たんなる美談として聞くだけでいいのでしょうか? 釈尊は、さまざまに乱れる自分の心を整えなさい、と繰り返し説かれます。人生には避けることのできない苦しみや悲しみがあります。阿弥陀如来はそのような人間のありようを悲しまれて、救ってくださっているのでしょう。でも、怒りとか、憎しみという醜い想いを、私たちは克復できないのでしょうか?
 

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掲載日: 2022.09.01