お寺×お菓子工房 クッキーやケーキが溶かす「お寺の中と外」
無理のない範囲でしか注文を受けない。作る人の「楽しさ」が失われないペースであゆむ大切さ
ーーお菓子を受け取る人のことやお菓子を渡すシチュエーションにも配慮して内容を選ぶのは、なかなか大変な対応にも思えるのですが、その余裕はどこから生まれるんでしょうか?
牛尾:配慮といっても小さなことですけどね。でも、そこまで気を回せるだけの余裕がある状態を保っていたいなとは思っているんです。
メンバーにとって工房に来ること自体は「楽しみ」なものであってほしいんです。「行くのがしんどいな……」とは思わせたくない。
牛尾:もちろん食品を売るからにはみんな責任を持って調理にあたっているのですが、その真剣さと楽しさは両立すると思っています。
ーー工房メンバーの「楽しさ」が損なわれない規模感でやってこられたんですね。
牛尾:今でも注文が入るとみんなで「嬉しいね!」と喜んでいます。でも、どうしても難しいときはメンバーの気持ちや事情を優先します。
だから、いただいた注文があまりに同時期に集中していたり、私たちのキャパシティーを超えるものだったりすると、泣く泣くお断りすることもあります。少々の無理は必要なときもありますが、無理することを常態化させるのだけは避けているんです。
ーーここでメンバーの方にもお話を伺います。松村さんと野間さん。代表の牛尾さんは「ランチに行くような気軽さで」工房に来てほしいとおっしゃっていますが、実際はみなさんどう感じていますか?
松村さん(以下:松村):楽しくやってますよ!
野間さん(以下:野間):仕事で嫌なことがあったり、子どもや学校のことで悩んでいるときも、工房で話を聞いてもらうんです。「こんなことあったんだけど、どう思います?」って。そこで励ましてもらったり、意見をもらったりして、自分なりに納得して日常に帰っていく感じ。
ーーそういう場所って大人になるとなかなか得られないですよね。
松村:私たちみんな、普段は全然違う環境にいます。なのに、ここに集まっていろいろな話ができていることはすごく不思議。こういう友達ができると思っていなかったんですよね。
ーーこういう友達とは?
松村:何か悩んでいても、家族に相談するってけっこう難しいときがあるし、子ども関連の友達との話題はどうしても子ども中心になる。「私のこと」を気兼ねなく相談できて、しかも意見を素直に受け取れる場所ってここしかなくて。だから、すごく心地よいですよ。
野間:私と松村さんって、もともとこの地域出身じゃなくて、引っ越してきたんです。私は人見知りなので、新しい土地で自分の素を出せる場所が見つかるなんて思っていなかった。でも、気づけば数年前までは話したこともなかった人たちと出会ってお菓子を作って売って、悩みも素直に相談できて……本当に良かったなと思います。
工房メンバーだけじゃなく、お菓子を通してたくさんの人とも出会えていますし。話したこともなかった人から「ana菓子工房のこと聞いたんだけど、注文していい?」って言われて、話すきっかけになったりとか。
ーーいいですね、本当に。ana菓子工房の中の人たちが健やかに過ごせていることが、外の人たちの「美味しい!」につながっているんだなと実感しています……。
松村:あ!竹村さん(取材当日はおやすみのメンバーさん)からLINEが届きました! ana菓子工房について「正直に作ったお菓子を食べてくださる方の『美味しい』という言葉が嬉しい。そしてなによりみんなで作ることがとても楽しいです」とのことです(笑)!
牛尾:確かに、いくら仲良くてもランチ会だったらここまで続かなかったかもしれないですね。楽しく作って、それを美味しいと言ってくださる方もいて……そういう広がりがあってこそ、ana菓子工房はana菓子工房でいられるのかも!
広がる出会い。お寺の外でも、仏教の話をしよう!
ーー「お寺に来てもらおう!」というイベントや取り組みは数多いですが、ana菓子工房さんは発信側としてみんなを巻き込んで、お寺を拠点にしつつ外へとどんどん出て行くスタイルですよね。こういうやり方だからこそ、みたいな体験はありますか?
牛尾:さきほど野間さんがおっしゃっていた通り、圧倒的にご縁が広がったと思います。お寺にいたら会えなかったような人とたくさん出会えて。お寺に全然関係ないイベントでも「あの、もしかしてana菓子工房って『あなかしこ、あなかしこ』からきてるんですか?」って声をかけていただくこと多いんですよ!
ーーへえ〜!けっこうピンとくる方いらっしゃるんですね。お寺と全然関係ないところで、仏教の話が出るなんて嬉しいことですね。
牛尾:それがすぐに仏縁に直結するとか、お寺に来てもらえるようになるってことではないです。でも、やっぱりこういう出会いを大切にしたいなって思うんです。
ーー積み重ねですからね。きっかけは多様でいいと思います。
牛尾:私たち、バレンタインやクリスマス用のお菓子も作るんです。「お寺のくせになんでバレンタイン……」とか思われるかもしれないけど、実はそこにむなしさを感じたことは一度もなくて。それは一つひとつの出会いが私たちにもたらしてくれるものが大きいから。もちろん今後はお寺関係の注文で忙しくなっていけばいいなという展望はありつつですけどね。
ーーお寺関係の注文は増えているとのことでしたが、イベントは当分なさそうですか?
牛尾:今度、近所のカフェで法話会をすることになりました! ana菓子工房のお菓子を食べながら法話を聞く会。
瀬戸内の無農薬レモンを使ったレモンケーキ
牛尾:いつもana菓子工房のお菓子を置いてくださっているカフェのご店主や、常連さんたちが前々から「法話を聞いてみたい」って言ってくださっていて。
でもその人たちに「じゃあお寺の法座においでよ!」と誘っても、すぐに「行きます!」とはならない。その気持ちはよくわかります。だから、私の方がカフェに行けばいいじゃん!ということでカフェで法話会をすることになりました。
ーーえ!すごい素敵なご縁ですね……!!お寺に来てもらうのが難しければ、お寺(僧侶)の方がみなさんの側まで行けばいいんですもんね。「今日はちょっとカフェまでお聴聞(ちょうもん)に……」っていいなぁ。
牛尾:そうそう。カフェだからこそ来る人っていますからね。偶然立ち寄って覗いてくれる人がいるのもカフェならではです。3月に第1回があるんですが、みなさんの反応を見つつ継続的に開催できたらいいねと話しています。
ーーお寺さんでの行事にも引き続き関わっていく予定ですか?
牛尾:もちろんです。昔からお寺に来てくださる方とのご縁は一番大切にしたいものですから。他のお寺さんでの行事や法事でも気軽に使っていただければと思っています。今はコロナの影響でおやすみ中ですが、お寺の行事や、落語会みたいなイベントにお菓子とコーヒーを出す出張カフェなんかもよくやっていました。
ーー美味しいものが潤滑油になって、その「場」がより豊かなものになっていけばいいですよね。
牛尾:場作りといえば、私いつかサロンを開きたいと思っていて。
ーーサロンですか。みんなが集っておしゃべりするような場所ってことですか?
牛尾:そうです!お寺の近所に、お寺と地域をゆるくつなぐような場所を持ちたいんです。いま雑談の場所が足りていない気がしていて。月忌参りも年々減っていくなか、お参りに行く度にしていた世間話をする機会もみなさん減ってるんじゃないかなと。一方で、お寺の境内や本堂に入ってみたくても躊躇してしまう若い人は多い。その間をとりもつ「あわい」のようなサロンを作るのが夢です。
ーーなるほど。だからお寺の境内じゃなくて、お寺の近所なんですね。
牛尾:そうです!もちろんサロンではana菓子工房のお菓子を出します。といっても、まだまだそんな資金も場所もないんですけどね……。長期的な目標です。
だから、もし既にこのような取り組みをされているお寺さんがいたら、ana菓子工房のお菓子を置いていただけたら嬉しいなと思います(笑)!
ーー直球の営業で締めていただきました(笑)! みなさん、貴重なお話をありがとうございました。
2019年イベントへの出店の様子。境内ではお菓子をほおばる子どもたちの姿があちこちに。
牛尾さんたちたった5人の「楽しい」から始まったお菓子工房。「楽しい」の積み重ねはやがて見知らぬたくさんの人たちの「美味しい」を連れてきた。
お寺の中と外をつなぐ……というよりも、まるでお寺の中と外を溶け合わせるような活動。その中心にはお菓子があった。
私たちは言葉でコミュニケーションを取る生き物だけど、いつもいつもそれらを上手く扱えるわけじゃない。どうしても言葉にできない気持ちもある。そんな心と言葉の距離を埋めてくれるのが、美味しいお菓子なのかもしれない。
大切にしたい誰かにお菓子を贈ってみたくなる、そんなインタビューでした。
ana菓子工房
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牛尾かおりさんプロフィール
広島市安佐北区 明光寺坊守。本願寺派布教使。2児の母。2016年よりana菓子工房を主催。
Text by 小島杏子
(@kaminouenokumo)
Photo by カナエナカ
(@fm503_)