僧職図鑑05ーコソフレット・アテナ・ガブリエラー《後編》

ルーマニア出身。日本に憧れ海を渡り、僧侶になったアテナさん。彼女をつき動かしたものとは?外国から見た日本や仏教の印象は?流暢な日本語でお話を聞かせてくれました。

 

《前編の続き》

 

・・・・・・・・・・・・・・・後編・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆ 仏教の専門学校に入学

― お坊さんになるキッカケは?

ルーマニアで活動するルーマニア人僧侶のブログを読んで非常に興味を持ちました。そこで、京都にある中央仏教学院(仏教を学ぶ専門学校)へ行くことに。他の人からの勧めもありました。

 

― すごい決意ですね?

最初は、僧侶になるというよりも、日本文化とか、仏教を勉強するために行こうと思っただけでした。入学して驚いたのは、僧侶になろうと熱意を持っている人がたくさんいたことです。

それと、キリスト教では女性が牧師にはなれない。シスターにはなれても、お葬式や結婚式をつかさどる牧師にはなれないんです。けれども仏教は女性でもお坊さんになれる。驚きましたし、「私でもなれるんだ」って思いました。

 

― 仏教の何に関心が向きましたか?

一番心に残ったのは歎異抄。

一度出会ってしまったら、その後の人生の見方がコロンと変わる。全ての意味や関係のあり方が変わるんだなって思いました。

誰かに教えを押しつけようというスタンスではないのに、そのエッセンスが伝わっているというのが、今までそんな考え方に触れたことがなかったのでとっても驚いたし、また感動しました。

今の日本社会は親鸞聖人の教えが随分影響しているんだなぁという印象も受けました。

◆ お坊さんになって

― 仏教について面白いなと思うことは?

仏教は、けっこう理屈っぽいところがあります。なんでこうなったのか、そうなったのか、なんでなんでと理屈で考える。そこがとても面白い。

例えばキリスト教だと、与えられた経典や教えをそのままに受け止めることが大切とされます。そのままを聞いて、疑いなく素直に受け入れ信じきること。そして神に従う。理由を求めてはいけない。この様なスタンスなので、一般の方はあまり理屈を深く求めない。

けど、仏教は、そこを疑ってみるようなところがあります。

 

― 「お坊さんになりたい!」といった時の家族の反応は?

家族はルーマニア正教を信仰していて、まわりは熱心なキリスト教徒が多かったです。

でも父は全然びっくりしていませんでした。父は、科学的な考え方でものごとを捉える人だったので、私の決意を聞いても「好きに勉強して良いよ、あなたがやりたいのなら仏教でもなんでも勉強しなさい」と背中を押してくれました。

父のOKがなければお坊さんになろうとは決断しなかったと思います。

 

― 旦那さんは?

彼は日本人で、7年前ぐらいに知り合いました。今は勉強に明け暮れています。旦那さんはお寺の産まれではないけど、最近僧侶になりました。

それから、私には子供もいるけど、子供にはすぐにでも得度(お坊さんの資格)を取らせてあげたいって思っています(笑)。

 

― ルーマニアが恋しくない?

ルーマニアの修道院の聖歌は本当に素敵な声で、涙が出るくらい、とにかくきれい。

中央仏教学院に在学中、ルーマニアに一度戻りました。教会に行ってみると「あれっ?」いつもと違う、複雑な感じを覚えました。「なんとなく寂しいなぁ」という、何か物足りなさを感じました。

逆に、日本に帰ってみると「懐かしいなぁ」というか、自分の気持ちと環境とが何の違和感もなく収まっている感覚になって、「やっぱり私には仏教が大切なんだ、必要なんだ」と思いました。

だから僧侶になったキッカケは、私が浄土真宗の教えが深く理解できたということではなくて、むしろ、自分がルーマニアの教会に行った時に感じた物足りなさと、日本に帰ってきた時に感じたシックリ感だったのでしょう。

 

― お坊さんになってどう?

ほんとに、よかったです。皆で一緒に何かを考えていける浄土真宗の教えが好きです。いまの時代にも合うんじゃないでしょうか。今の人は自分で自分の首を絞めるような生き方をしているから、本当寂しいなあと思うんです。もっと人生が気楽に生きられる、そんなヒントが仏教にはあると私は思います。

 

― 本日はありがとうございました。

掲載日: 2013.06.28