僧職図鑑08―本多隆朗(ほんだたかお)―《後編》

僧職図鑑08本多隆朗(ほんだたかお)《後編》

 

《前編の続き》

 

僧侶+プロデューサーとして

 

― テレビ局でお仕事をしながら、同時に僧侶でもあった。放送業界で僧侶であることが生かされたことはありますか?

 

テレビ局では仏事について詳しい人は少ないです。そこで、お葬式のかたちや仏壇の飾りについて指導したこともあります。ただ、ドラマではお仏壇や葬儀の祭壇のご本尊は必要性があるとき以外は写さないようにします。特定の宗派にすると問題があったりもしますし。

 

― テレビ局に勤務しながら、お寺の仕事はどうされていましたか?

 

テレビの仕事をしていてもお寺を護る者としての責任がありました。放送業界に身をおきながら、週末は自分のお寺のお勤めにも取り組みました。

 

 

プロデューサーから僧侶へ

 

― メディアの世界と僧侶の兼業生活が続いた後、仏教の世界に興味を持たれたのはどうしてでしょうか?

 

仕事をしていると40、50代にさしかかったときに悩みます。サラリーマンの多くが上のステータスを夢見ます。時にゴルフをしたり、接待をしたり、そうして出世ということを強く意識するようになります。

ですが私の関心は常に現場にありました。プロデューサーという仕事から離れてハンコをつく業務に携わることもできましたが、管理職より、やはり現場主義でした。

そこでお坊さんの世界、仏教の世界、それを視聴者にとってもっとわかりやすくしたいと思いました。仏教の教えで私が経験してきたことを生かせることがあるように思いました。

 

 

― 具体的にどういったきっかけで、浄土真宗本願寺派(西本願寺)という、お坊さんがたくさんいる世界に入られたのでしょうか。

 

そんなことを思っていた頃、1994年、50歳のときだったでしょうか。蓮如上人500回遠忌法要に向けた会議が西本願寺で開催され、メディア関係者として、企画会議に参加したのが始まりです。

蓮如上人を「イノベーター上人」と呼ぶことに決めたり、法要に向けて「家族、環境」というテーマを掲げました。

何度か会議に参加しているうちに、本願寺派とのかかわりが一層深くなりました。

 

 

― 仏教の世界に入られて、テレビ業界と比べてどうでしたか?

 

さきほどの話に戻りますが、お坊さんの世界はあいさつが意外に少ないことに気付きました。「おはようございます」「こんばんは」「ありがとうございます」とか、意外に朝晩のあいさつと感謝の言葉が足りないように思いました。

あと、クリエイティブな視点がお寺の世界にも必要だと思いました。具体的な取り組みとして、蓮如上人500回遠忌法要のとき本山の堂内をイス席にすることを提案もしました。これはだいぶ議論をよびましたが、今は本願寺派の多くの寺院でイス席が用いられているように思います。

 

 

― 当時と今では、僧侶の意識に変化はありますか?

 

20年前からすると、お坊さんの中にもいろんな動きが出てきたように思います。最近は、ものごとをよく考える僧侶が増えてきたように思います。

蓮如上人は「イノベーター」つまり変革者です。仏教を大衆化し、身分の分け隔てなく話し合う機会、いわゆる平座(ひらざ)を設けられました。蓮如上人が取り組まれた当時の変革はすごかったと思いますよ。反発もすごかったでしょうが、同じような「イノベーター僧侶」を多く育成することが必要だと思いますし、僧侶は「イノベーター」であってほしいと思います。

 

 

イノベーター僧侶として「老い」を考える

 

― 「イノベーター僧侶」!?

 

そうです。一人一人が「イノベーション(改革)」を意識するということ。これは何も「古いものはいらない」といっているのではありません。

例えば、仏教には長老を大切にする姿勢があります。ようは、お年寄の経験知です。お年寄りは若い者より絶対負けないものをもっています。何かわかりますか?

 

 

― 人生経験ですか?

 

それは「別れ」「涙」です。お年寄りは、多くの悲しみを経験しています。

これはお年寄りが若い人より勝れているところです。悲しみの経験。これは若い人は及ばない。

仏教では四苦といいますね。「生老病死」のことです。中でも「死」、お年寄りは若い人より死に別れを多く経験している。「死別」はとても悲しい経験です。しかも、生き続けている限り経験せざるをえないし、自分自身のこととして身近に思うことです。

 

 

― 本多さんは、現在出演中のラジオ放送では必ず僧侶の衣を着用されていると聞きましたが、どうしてですか?

 

ラジオ番組を始めて13年近くになりますが、衣を着るようにしています。わたしは70歳になりますが、周辺が亡くなっていったということも影響しています。徐々に「僧侶でありたい」「僧侶として生きてゆきたい」と思うようになって、姿の映らないラジオの世界でも5年くらい前から衣を着ています。

卑近な例えですが、衣というのは、天ぷらのコロモに例えられます。コロモなしだと天ぷらはできません。僧侶の衣をつけることで出演者にも第一印象をわかりやすく示せますし、自らの節制にもなります。

 

 

― 若い人びとに期待していることはありますか?

 

心の改革ですね。年老いてこそ、若い人に示せることだと思います。毎日の積み重ねが、後進の人びとにとってよいお手本となればと思っています。

一方で、何かに取り組んで成果をあげようとする時、数字にすることも大切です。誰にでも理解できる情報公開を急ぎ、あとは戦略を組む必要があります。ステップアップするには、目標値を自ら定めることも必要だと思います。

 

 

― 毎週週末はお寺の法務を行うなどお忙しくされていますが、お坊さんの生き方として、こだわっておられるところはありますか?

 

基本はお念仏です。お念仏の生活の中で、社会に横たわる諸問題に僧侶としてどんどん取り組んでいきたいです。仏の智慧に照らされて、お念仏を大切にする一人一人が「イノベーター」として活躍の場を広げていってほしいですね。

 

― ありがとうございました。