新しいことに挑戦できない【僧侶の部屋】

「僧侶の部屋」では、様々な経歴を持つ僧侶たちが、世の中のよくある悩みを勝手にテーマにして座談会形式で自由に話し合います。
 
今日のテーマは「新しいことへの挑戦」。新しいことを始めるのはいつだって大変ですよね。失敗はするし、覚えることも多いし。そんな気持ちを、僧侶ならどう考えるのでしょうか。
 

今日のテーマ:新しいことに挑戦できない
新しいことに挑戦するのが怖いというか、億劫で、周りから誘われても何かと理由をつけて断ってしまう。どうにかしてスムーズに新しいことに挑戦する方法はないか。

 

《本日の僧侶プロフィール》
・田舎好き僧侶
大自然とスローライフをこよなく愛する僧侶。将来は畑をいじって暮らしたいと夢見る。
・家電僧侶
学生時代から6年間、家電量販店でアルバイトをしていた僧侶。家電業界と接客について理解がある。
・サイバー僧侶
お寺生まれIT育ち。趣味が高じてIT業界に進むも、自らの使命に気づき僧侶の道に。最新機器への物欲が目下の悩み。
・絵描き僧侶
小中高と美術部で過ごしてきたイラスト大好き僧侶。最近の推しは駆け出し舞台俳優。
 
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家:これはとても共感できます。僕もすごく保守的なんですよ。新しいこと、というか目の前のことにしか興味が持てない。
 
田:今は時代の転換期だから、嫌でも新しいことをしなければいけないんじゃないかというような恐怖感はあるね。でも個人的にはできなくてもいいんじゃないかな、とも思う。
 
絵:どうしてですか?
 
田:無理に挑戦するよりも、できないことは人にお願いして、素直に頼っていくような関係性って大切だと思うんだ。その方がコミュニケーションも生まれて、人生の充実につながるとも考えられるし。
 
家:なるほど。僕は僧侶としてはいろんなことに見識を持っておきたいので、できるだけ新しいことには挑戦しようと意識はしているんですけど、それでもけっこう面倒くさいし、興味がわかないんですよね。
 
サ:興味を持つ、というのは一種の才能なのかもしれない。興味ってどうやって持つんだろう。
 
絵:好きなアイドルが好きなこととか、自分の好きな人が興味のあることだったら、興味を持つことはありますね。
 
田:仏教では「これは美味しいよ」ってすすめるよりも、おいしそうに食べてみせることの方が伝える場面においては重要視されるから、それは理にかなってるね。
 
サ:この人は新しいことを断っちゃうんだよね。億劫と言っているけれど、どうして億劫と感じるんだろう。
 
絵:怖い、というなら気持ちは分かります。初めて挑戦して失敗するところを見られたくないという気持ちはたぶん誰にでもありますよね。
 
田:それは、新しいことに対して期待値の調整がうまくいってないんじゃないかな。うまくできなきゃだめだ、じゃなくて、うまくいかなくてもいい、というところから始められると楽だよね。他の人と新しいことにチャレンジするときは、コミュニケーションが主で、やることはそのためのツールだと思っておくとよいかも。
 
サ:もし、失敗して評価されてしまうことが怖いなら、環境を新しくしてみるのも大事かもしれない。今いるコミュニティーを離れて、環境が新しくなれば、そういった評価も気になりづらくなるから、新しいことにもチャレンジしやすくなる。
 
家:あと気になるのは、挑戦しなければ人生が幸せじゃない、みたいな思い込みの有無ですよね。
 
田:ああ、それはあるとつらいね。自分の外や未来にだけ求める幸せがあって、内や今にそれがないと思うのはだいぶもったいない。嫌々何か新しいことに挑戦しようとしても、得ることはあんまりないし、一緒にいる周囲の人も楽しくない。力を抜いて、今そこにある小さなことを見つめて、丁寧に時間を過ごしてみるところから始められれば、見えてくるものもある。
 
サ:なんとか納得して新しいことに挑戦する方法を探しているみたいだけど、もしかしたら今ある状況に満足していて、これ以上何かに挑戦することに意義を見出せないでいるのかもしれない。新しいことには挑戦しなきゃいけないと思い込んでいるだけなのかも。
 
絵:そういう場合は無理に新しいことをする必要はないんじゃないですかね。
 
田:世の中は無常だから、心配しなくても挑戦しなければならないときは来てしまう。焦らなくても大丈夫じゃないかな。
 
僧侶たちの議論はまだまだ続きますが、ひとまずここまで。
以上、僧侶の部屋での座談会でした。何かのヒントになれば幸いです。
掲載日: 2020.06.23