「死んだらどうなるの?」恐怖と孤独に向き合った久保光雲さんが仏教に出会うまで。|久保光雲さんインタビュー

久保光雲さん(写真はすべて久保さん提供)

 
日本から遠く離れたブラジルの地で、浄土真宗のみ教えを伝える女性僧侶がいらっしゃいます。ブラジルのノロエステ本願寺で開教使(アメリカ、カナダ、ブラジルなど日本国外の寺院・仏教会において、国際伝道活動に携わっている僧侶)として活動されている、久保 光雲(くぼ・こううん)さんです。
 
実は久保さん、お寺の生まれではないそう。そんな久保さんは、どうして僧侶となり、そしてブラジルで活動をしているのでしょうか?そこには、久保さんがこれまでの人生で出会った数々のご縁がありました。
 
今回は、そんな数々のご縁を聞かせていただく全3回のインタビュー。前編は、久保さんが幼少期から抱いていた「死んだらどうなるの?」という疑問、そこから仏教に出会うまでのお話です。

 

幼少期に味わった強烈な体験

 

幼少期の久保さん

 
ーー現在はブラジルで開教使として活動されていると聞きました。
 
久保 光雲さん(以下:久保):はい。今はブラジルのアラサツーバと呼ばれる、サンパウロから約600キロ離れたところで浄土真宗のみ教えを伝えています。
 
ーー簡単に、経歴を教えて頂けますか?
 
久保:私は広島県の可部町という地域で生まれ育ちました。広島は浄土真宗が盛んな地域ですが、私の家庭にはお仏壇がなく、ほとんど仏教とは無縁の生活を送っていました。
 
中学、高校は広島市の広島女学院へ通いました。幼少期から絵を描くことが好きだったので、芸術の道へ進もうと、京都市立芸術大学へと進学しました。
そこで素晴らしい仏教美術に出会い、もっと仏教の教えを知りたくなりました。
それから、龍谷大学の大学院へと進みました。これまでに様々なご縁があって、現在は画家としても活動しつつ、ブラジルのノロエステ本願寺を拠点に、開教使として活動しています。
 
ーー仏教に出会う前のことをお聞かせください。
 
久保:今思えば、宗教的な問い、死んだらどうなるのか、とか生きている意味は何なのだろか、というような問いは、子どもの頃から持っていました。
 
父は「宗教は心の弱い人が必要とするもんじゃ。わしは強いからいらん!」と話すような人でしたので、仏教との直接的な出会いはありませんでしたが……。
 
ですが、そのときから「死んだらどうなるんだろう」とか「死ぬのが怖い」という気持ちを抱えていたように思います。明るい家庭で、父も母も大好きでした。その父と母が死ぬということが、子どもながらにとても怖かったんです。
 
ーー久保さんが幼少期から「死はいつか訪れる」と認識していたことが興味深いです。
 
久保:よく思い出してみたら、私が5歳の時に近所の女の子が川で溺れて亡くなるという出来事があったんです。女の子が近所の川で遊んでいた時に、足を滑らせてしまったみたいで……。
 
親や近所の人が大きなフォークみたいな道具で探す様子を見て、「それで突き刺しちゃうの?」っていう、恐ろしい気持ちを抱えていました。
 
私の友人が泣きながら「◯◯ちゃんが溺れて亡くなってしもた」と言って走ってくる時の異様な感じも鮮明に覚えています。おそらく、その時の強烈な体験がその後の人生に影響しているのではないかと思います。
 
ーーその後に人生に影響していると感じるほど、久保さんの中で大きな出来事だったんですね。
 
久保:そのことがあってから、いつも気持ちが沈んでいるというわけではありませんでしたが、ふとした時に思い出していました。それは小学校へ進んでからも残っていましたし、「死」を考えるうちに、だんだんと孤独感も覚えはじめていたんです。
 

本当の友達って?青春時代を悩ませ続けた「孤独」

 

小学生時代の久保さん。非常に明るい家庭であったという

 
ーー孤独感、ですか?
 
久保:はい。小学校でも友達はたくさんいましたが、なんとなく、人間は独りやな、私は独りやなっていうような気持ちがありましたね。孤独な気持ちというか、寂しいという気持ちも、小学生の頃から抱えていたように思います。
 
ーーそれは、友達と心が通い合っていなかったということですか?
 
久保:そうなんです。決してひとりぼっちではなかったのですが、心の奥底では孤独を感じていると言いますか……。
 
心が通い合う人なんて居ないんじゃないかと思っていたんです。面白く楽しくしているけれども、それはある種の気遣いの上で成り立っているもので、自分のすべてをむき出しにすると、途端にうまく行かなくなる怖さがあるといいますか。
 
一生懸命努力をしているから仲良く出来ているけれど、本当に心が通い合うっていうのはすごく難しいことだという感覚を持っていました。とにかく、一人なんだという気持ちがすごく強くて、この気持ちは中学・高校はもちろん、大学に進んでからも消えませんでしたね。
 
ーーそうした孤独感に対して、久保さんはどのように向き合ったのですか?
 
久保:やっぱり、若い時は恋愛でなんとか孤独感を解消したいと思うわけです。ビートルズのジョン・レノンとオノ・ヨーコ、あるいは画家のダリとガラのような最愛の人を見つけたいと思いました。
 
その人がいないと自分は生きていけないっていうような存在を求めていました。
 
でも、実際は孤独感が無くなるどころか、ますます孤独を感じることもありますよね。
 
付き合って最初の半年まではすごく仲が良くても、1年以上経ってくるといさかいやすれ違いも生じますし、そこから別れてしまうことだってありますし……。
 
そうなると心は不安定になってしまいますし、永遠性がありませんよね。なので、恋愛に救いを見出すというのは非常に難しいと感じました。そう感じてから、あまり孤独を考えてはいけないと思うようにもなりました。
 
ーー孤独を考えてはいけないと思ったのはどうしてですか?
 
久保:やっぱり、孤独や死について考えるとどんどん暗い気持ちになっていくんですよね。
 
私が愛読していたマーク・トゥエインの『不思議な少年』でも、締めの部分では「幸せっていうものは死なない限りありえない」っていうような言葉が書いてあったんです。
 
マーク・トゥエインは、『トム・ソーヤの冒険』など明るい小説が有名ですが晩年になって、暗いサタン、悪魔の出てくる『不思議な少年』という小説を書いているのです。
 
加えて、私が大学生の頃は「前向きに」という言葉が流行った時期で、孤独といった後ろ向きなことを考えてはダメだ、ポジティブに生きよう!と言われ始めた時代でした。
 
だから、後ろ向きな考えはやめなくては!と思うのですが、孤独を感じることはやめられませんでしたね。
 

「仏教は孤独や」久保さんの人生を変えた出会い

 
記事作成:他力本願.net
掲載日: 2021.07.10