絵本で広がる正信偈の世界│浅野執持さんインタビュー<後編>

浅野執持さん(写真提供:浅野さん)

 
前編に引き続き、浅野執持(あさの・しゅうじ)さんにお話をうかがっていきます。
美術館の学芸員時代の経験を活かし、仏教×音楽イベント「メリシャカ」を企画してこられた浅野さんですが、絵本も執筆されています。後編にあたる今回は、絵本制作の裏側や浅野さんの想いについてお聞きしました。
 

 
 

法話は難しいことを我慢しながら聞くものじゃなかった

 
――浅野さんは、なぜ僧侶の道を選ばれたのでしょうか?
 
浅野執持さん(以下 浅野):やはり、お寺を守らなきゃいけないという意識が大きかったと思いますね。本当は信仰が先にあるべきなのかもしれませんが、私は生まれ育ったこの万福寺というお寺を今後どうしていくかという心配や焦燥感、使命感があったのかもしれません。
 
美術館に勤めているとき、この「お寺の存続問題」を20年後に考えるのか、はたまた今すぐ考えるべきなのかを考えたんです。このまま美術館に勤めたとして、公務員としての年収や退職金、年金がいくらになるか。ひょっとしたらそうした貯蓄を全部使って傷みかけているお寺を修復せざるを得なくなるのでは、という不安もよぎりました。それなら、条件が悪くなる前に、自分から積極的に関わっていくべきなんじゃないか。そんなことも考えて、お寺の仕事に専念することにしました。今、思えばかなり不純だったと思います。
 
――そうした切実さが、浅野さんにとっての「ご縁」だったんですね。ですが、僧侶という生き方を選ばれることに葛藤はなかったのでしょうか。
 
浅野:私のなかで、ご法話は「お説教」とも言うくらいだから、難しいことを我慢して聞く、勉強みたいなものというイメージでした。そうしたご法話やご法座をする僧侶の姿に、それは私が目指す姿だろうかという葛藤はありましたね。ですが、その葛藤を前向きな考え方にしてくれたのは、あるご法座に参加したことでした。
そのとき来られていた布教使の方のお話がものすごく楽しくて。門徒さんもよろこんで聞いている。ありがたい、と涙される方もいらっしゃる。自分のイメージと違うご法話や布教の姿がそこにあったんです。初めて、布教使って、僧侶ってすごいんだなと思いましたね。
 
――僧侶として大切にされていることはありますか?
 
浅野:役割はちゃんと果たす、ということでしょうか。浄土真宗の僧侶であれば、阿弥陀さまのおこころが私のところに「ナモアミダブツ」となって届いていることを話すのが核になると思っています。そうした目的のために「メリシャカ」や絵本づくりなどの活動があると思っています。
また、お寺を維持していくことや、門信徒の方が大切にされているものを大切にすること、お葬儀や法事をちゃんと勤めることなども同じです。これらに優劣はなく、全て大事なことだと思っています。
 
 

正信偈を絵本で読む?

   

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掲載日: 2022.03.08