葬儀は“つながり”の結節点|自治医科大学教授 田中大介さんインタビュー<後編>
前回に引き続き、宗教人類学者である田中大介(たなか・だいすけ)さんにお話を伺います。
宗教人類学でひもとく葬儀の意味│自治医科大学教授 田中大介さんインタビュー<前編>
人類を繁栄させた“つながり”の力
――近年顕著な葬儀の個人化について、どう思われますか?
田中大介さん(以下:田中):近年は葬儀の「私事化」、プライベート化が進んでいますが、死ぬ時に本当につながりを断つことを望んでいるのかというと、そんなことはないと思います。たしかにつながりというものは諸刃の剣です。旧来の村の葬儀では、よそから嫁いできたお嫁さんが姑にいじめられ、というような、がんじがらめで個人を束縛するしがらみの側面もありました。
しかし一方で、つながりがなければ人は生きられないのも確かです。葬儀はつながりの結節点、くぎりとなっています。そうでなければ人間の社会は成立しないと思います。人類学を学んでいて実感するのは、人はひとりでは生きられないということです。人間は一個体で生存するには、あまりにも弱いのです。走る速度はカバにも劣るほどです。つながることができる力にこそ、人間の特質があり、だからこそこれだけ地球で繁栄してきたのです。
――葬儀に関して、新型コロナウイルス感染症拡大による変化などはありますか?
田中:新型コロナウイルス感染症拡大が葬儀に与えている変化については、未だ推移を見守る必要がありますが、そもそも「最期のお別れができない」という状況が広がったことは。大きな影響を与えています。また、最近では少し状況が違ってきましたが「コロナで身内が逝った事実を他人に知られたくない」という人も多いことに加えて、コロナ禍が「葬儀に出られない」ことの格好の理由になっていることも事実です。
大学院生時代。葬儀のフィールドワーク中。(画像提供:田中さん)
――現代における宗教や宗教者の役割はなんでしょうか?
田中:時代は変われど、宗教も宗教者も無くならないと思います。ネアンデルタール人の時点で、すでに宗教や葬儀の萌芽はありました。宗教や宗教者の役割は、今後ますます重要になると考えています。「宗教離れ」あるいは「檀家離れ」といった言葉もありますが、実際のところ葬儀やその他の場面で、宗教と宗教者が「いつも寄り添ってくれている」ということは人びとの生活を支えてきましたし、それは今後も変わることがないように思います。
課題としては、人々と宗教者の距離が離れてしまったことです。宗教者は特別な存在であってほしいのですが、神格化してしまうと触れられないので、もっと気軽にアクセスできるようになると嬉しいです。24時間コンビニのように開けておくのは、セキュリティ的にも難しいとは思いますが、いつでも開かれているお寺。気軽に訪れることができるお寺が望ましいと思います。
新型コロナウイルス感染症が拡大しても、思ったほどオンライン葬儀はあまり増えていないように、生身のコミュニケーションが求められていると思います。自分が老いて死んでいくとき、あるいはそれを看取る方にとって、寄り添ってくれる宗教者は欠かせない存在です。