葬儀の過去・現在・そして未来│国立歴史民俗博物館 副館長 教授 山田慎也さんインタビュー<後編>
いま葬儀を問い直す│国立歴史民俗博物館 副館長 教授 山田慎也さんインタビュー<前編>
葬儀とはそもそも、人が集まる仕組み
――近年、葬儀に関してどのような変化を感じますか?コロナ禍による変化などはありますか?
山田慎也さん(以下:山田):90年代後半からなんとか継続してきた家的葬儀の歪みが顕在化し、葬儀の小規模簡略化の流れが止まりません。そこにコロナ禍で拍車がかかりました。葬儀の参列者が近親者だけに限定される傾向がありますが、近親者以外の故人と深く関係があった方々を弔いの場にどのように戻していくか、ということを考えなくてはいけません。葬儀によって安心して死んでいける、別れられる、ということを担保するのです。難しいのは経済的負担です。経済的負担をかけずに、開かれた葬儀にもっていく必要があります。戦後の葬儀は告別式形式です。それが過重な負担になったからと、小規模化していった経緯があります。葬儀とはそもそも、人が集まる仕組みです。葬儀の通知については「つげ(告げ)」「しらせ(知らせ)」「びんぎ(便宜)」等と各地で言われていましたが、これは基本的に「通知」を意味する言葉です。「招待」ではありません。葬儀は、人が亡くなったら行くものだ、という仕組みなのです。
家族以外の他者を排除することなく、そうした人々も一緒に、行政や地域の宗教者と共にみんなで送り出す仕組みを考えていかなければいけません。
横須賀市が「わたしの終活登録」というサービスを提供しています。市役所が戸籍のように終活関連情報を預かり、本人の希望に応じて、問合せがあれば本人が認めた範囲でお墓の所在地を教えるなどの対応をしてくれます。いままで当たり前にやっていた枠組みが崩れているので、このような工夫をしていかなければいけないと思います。いまの社会は家族以外を消去法で切っていく方向性ですが、無くしていくとなくしていくことだけがいいこととは思えず、、納得できないことが増えていきます。僧侶をはじめとする葬儀に関わるプロフェッショナルが、人々がネットの情報の海に溺れないように正しい情報を発信していくことが必要だと思います。
葬儀の供物の準備(写真提供:山田慎也先生)
――葬儀や供養における宗教や宗教者の役割はなんでしょうか?
山田:かつては宗教が大きな説得力を持っていました。現代においても、依りどころはあったほうがよいと思います。道に迷い、何を求めて良いかわからないときに寄り添うのが宗教の力ではないでしょうか。
人々と宗教の接点をどうつくっていくかが課題ですね。日常的に接点がないと、ピンチのときに思い浮かばないものです。日常からお寺が開かれており、関わりがあることが大事です。一方、親が亡くなるなど、人生の大きな困難をつきつけられた時は、手を合わせるきっかけともなります。そのときに宗教、お寺などが接点がもてるかどうかが重要ではないでしょうか。
土葬における引導作法様子(写真提供:山田慎也先生)