お寺×お菓子工房 クッキーやケーキが溶かす「お寺の中と外」
ここに、ひとつの小包がある。
中身はいろいろな種類のクッキー。味も形も食感もさまざまだけど、どれも素朴で懐かしい味がする。まるで、いつか誰かと一緒につくったような。
濃いめに淹れたコーヒーのおともにサクッとかじると、なんとも満たされた気分になる。
この美味しい小包が作られたのは、浄土真宗のお寺だから驚く。広島市安佐北区深川にある、牛尾山明光寺。お寺の敷地内にana菓子工房という工房があるのだ。
広島市安佐北区に流れる三笹川のほとりに明光寺はある。右手に見える大きな屋根が本堂。そのさらに右に工房がある
ana菓子工房の立ち上げは5年前。知人のあいだでのみ評判だったお菓子は、いまや各地からコンスタントに注文を受けるまでに広がった。
立ち上げ以来、販売用の実店舗を持たず、通信販売で注文があったときに必要な量だけを作るスタイルで続いてきた。並行して、各地のイベントにも月1ペースで参加を続けてきたが、現在は新型コロナウイルスの影響でお休み中とのこと。
とはいえ通信販売の注文は増えていて、一般の方からの注文のほか、行事のお土産用にとお寺からの大量注文も多い。
お菓子工房があるのはわかった。では、なぜ「お寺で」お菓子工房なのか?
そんな疑問が浮かぶ。
「お菓子をつくる、という手段だったからこそ出会えた人たちがたくさんいました」
そう話してくれたのはana菓子工房の代表で明光寺の坊守、本願寺派布教使としてもご活躍の牛尾かおりさん。お菓子がつなぐ、お寺の中と外。お寺でお菓子工房をしていたからこそ見えた景色を教えてもらいました。
工房の代表・牛尾かおりさん
はじまりはバザーで販売したダジャレケーキ
ーーずばりなんですけど、なぜお寺でお菓子工房を始めたんですか?
牛尾かおりさん(以下:牛尾):「はじめた」というより、気づいたら「はじまっていた」という感じです。
もともと10年ほど前から明光寺の若婦人会で「若っ婦ケーキ(わかっぷけーき)」という名前のカップケーキを作って、お寺のバザーで販売していたんです。これがana菓子工房の前身になります。
ーー若婦人会が作るカップケーキだから、若っ婦ケーキ……。もしかして「ana菓子工房」もダジャレですか?
牛尾:はい!御文章※の最後の「あなかしこ」からいただきました!
※御文章
本願寺第八代宗主、蓮如上人が残したお手紙。やわらかい言葉でみ教えについて説かれており、文末は必ず「あなかしこ、あなかしこ」という敬いの口上で締められている。浄土真宗ではご法事や法要の最後に御文章を拝読するので、浄土真宗門徒にとって「あなかしこ」はとても親しみ深い響きを持っている。
ーーやっぱり(笑)! ana菓子工房という活動名を掲げるようになったきっかけは何ですか?
牛尾:若っ婦ケーキのころは食品販売についての知識が全くなくて、特に届出もなにもせずに売っていたんです。でも「それ、許可がいるんですよ」と指摘してくださる方がいて。「そうなの!?」と慌てて、保健所に許可をもらえるよう手洗い場増設などの改装をして、届けを出して、無事に受理されました。
せっかく届出までしたのなら……ということで、お寺のバザーだけではなく、もっと広い範囲で活動していこうとana菓子工房を始めました。
ーーノリで……と言っては失礼ですが、けっこうなりゆきで始めたんですね。
牛尾:そうですね。もともと門徒用台所というハード面が備わっていて、かつ改装の見積もりをしてもらったら少額で済みそうだったので踏み切れたところはありますけどね。
あとは、メンバーにお菓子作りがとても得意な方がいたのも大きいです。要望に合わせてレシピも考えられるようなレベルの方だったので、彼女に習いながら始めました。
ーー「今ここにあるもの」を持ち寄った結果、気づけば「お菓子工房」ができていた、ということですね。メンバーはどういう方々なんですか?
牛尾:年齢も出身地もバラバラなんですけど、みんな子どもが明光寺の日曜学校に通っていたんです。そこで仲良くなった親同士で作ったのがana菓子工房。ママ友ってランチとかに行っておしゃべりすることも多いのかな……それが私たちの場合はランチのかわりにお菓子を作って売っているという感じです。
あの人のためのお菓子を。ana菓子工房のオーダーメイド小包
ーーどんなお菓子を作っているのか教えてください。
牛尾:クッキーやマフィン、パウンドケーキ……常温での配送が可能で扱いやすく、できるだけ長持ちするように全て焼き菓子です。スパイスやナッツ、ハーブや洋酒のようなアクセントは使いません。私たち自身が苦手なので。だから本当に素朴な味のお菓子ばかりです。
かわいい包装も種類が豊富
ーー実店舗がないということですが、どうやって商品を買ってもらっているんですか?
牛尾:卸しやイベント出店や出張カフェなども行っていますが、主なルートは通信販売です。Facebookか電話、ホームページからも受け付けています。お支払いは銀行振込やPayPay、代引きなどで対応しています。
ーー通信販売が主な窓口ということは、SNSでの発信に力を入れているんですか?それとも口コミで自然と広がっていったんでしょうか?
牛尾:イベントで知ってくださった方のリピート購入や、近所のカフェにお菓子を卸しているのでそれで知ってご注文くださる方もいるし、お寺関係者からの注文は口コミ経由が多いですかね。SNSでの発信はそんなに積極的じゃないんですけど、それでもFacebookやInstagramで見つけて遠くからご注文くださる方もいます。
ーーどんな用途での注文が多いですか?
牛尾:もちろん自分用に買われる方もおられますが、少量の個包装も承っているので配布用にご注文いただくことがけっこう多いです。「退職するから部署で配りたい」とか「地域の子ども会で配りたい」とか。
お寺さんだと「花まつり用の甘茶クッキーを何袋」や「報恩講(ほうおんこう)で使うからあずきカップケーキをお願いします」(※)みたいな。今年はお寺さんから、除夜の鐘で蕎麦の接待ができないかわりにクッキーを配りたいという注文を多くいただいて、年末は忙しかったですね。
※花まつりはお釈迦さまのお誕生を祝う仏教行事。報恩講は浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の祥月の御命日法要で、浄土真宗では1年で最も大きな法要。親鸞聖人は「あずき」がお好きであった……という言い伝えにより、報恩講期間中にはお善哉などをいただく習慣が残る地域もある。
報恩講用のあずきカップケーキ。ラッピングには「合掌」のイラスト
花まつり用の甘茶クッキー。1袋100円(送料別)
牛尾:特に「これをください!」というこだわりがなければ、予算と個数、アレルギーの有無、シチュエーション、相手は子どもか大人かお年寄りかなどを伺って、最終的な内容はこちらが決めています。
ーーじゃあセミオーダーみたいな感じで作ってくれるんですね!
牛尾:そうですね。お年寄りならあまり固くないお菓子を選んだり、子どもに人気のクッキーを把握しておいたり……という程度ですが。でも常連さんになると「あの人はこのお菓子が好きだから多めに入れよう」とかしていますよ!こういう対応は小さな工房だからこそできることだなと思います。