持続可能な環境を実現するまちづくり④ 寺院を中心としたまちづくり<前編>
持続可能な環境を実現するまちづくり④
寺院を中心としたまちづくり〈前編〉
宗門総合振興計画では、現在、その基本方針に基づきさまざまな事業を推進しております。本シリーズ『持続可能な環境を実現するまちづくり』は全四回で、今回が最終回になります。環境汚染や集落の存続の問題への対応策や寺院の可能性について報告いたします。これは、基本方針Ⅰ「仏教の精神に基づく社会への貢献」のひとつである「仏教界の各団体と連携を深め、社会的課題への対応について知見を集約し、社会へ発信すると共に、公教育における宗教知識教育の推進のはたらきかけや孤独死・看取り・自死・いじめ等の社会不安に積極的に関わる」事業のひとつです。
持続可能な環境を実現するまちづくり。前回までは「環境保全やまちづくりにおける共同体の必要性」について論じましたが、今回は事例報告を交え、寺院を中心とした新しい共同体づくりについて考えてみます。
目次
■ 「沖島まちづくり」プロジェクトについて
浄土真宗本願寺派の運営するホームページ、「他力本願.net」の一企画として「寺院・僧侶を中心としたまちづくり」の実践を試みることになり、都市部と農山漁村部などタイプの異なるモデル地域の選定作業を行いました。最初に選んだのが滋賀県近江八幡市の沖島です。過疎化・高齢化が課題の典型的な農山漁村であること、島に2つある寺院がどちらも浄土真宗本願寺派であり、まちづくりへの理解があり活動もされていたことなどが主な選定理由です。
沖島は、湖に浮かぶ島では日本で唯一、人が住んでいる島です。漁業が中心で、島内には車は1台もなく、主な移動手段は徒歩と三輪自転車です。昭和30年代にはおよそ800人だった人口が今では300人を切っていて、今後も人口減少の流れは止まらないと予想されています。人口は大きく変動しましたが、暮らしや風景は昔の姿が色濃く残っています。沖島を訪れた人はみな「昔にタイムスリップしたかのようだ」と驚かれるようです。沖島でのこのプロジェクトの【目的】【到達目標】【実施内容】は以下のようなものとなります。
【目的】
・過疎化・高齢化地域の持続可能なまちづくり
・「寺院・僧侶を中心としたまちづくり」のモデルづくり
【到達目標】
・持続可能なまちづくりを地域住民全体で共有するための合意形成
・持続可能な地域内循環型の経済や福祉づくりのための住民と関係人口による
共助や協働の活性化
・持続可能な地域環境の保全と経済を両立させる仕組みの構築
【実施内容】
①SOMOSOMO(そもそも)の会
沖島のまちづくり活動は他力本願.netがかかわる以前からさまざまに展開されてきましたが、一部の島民を除いて関心度、関与度は高いとはいえず、島民のまちづくりに対する意見(思い・考え)も共有されていませんでした。島民によるまちづくりの第一歩が合意形成であり、そもそも島民一人ひとりがどんな思いをもっているのか聞き取ることからはじめることにしました。
お寺を会場に毎月1回程度のペースで、沖島について住民の思いを語り合う「SOMOSOMOの会」です。第1回の参加者はなんとゼロ人でしたが、回を重ねるごとに徐々に参加者が増えていきました。お寺は語り合う場に向いていて、なごやかな雰囲気の中で忌憚のない思いをたくさん聞くことができました。また、「SOMOSOMOの会」に参加できなかった島民とも思いを共有するために、島の情報紙などへの掲載も行いました。
会に参加された島民の思いを少し紹介します。
「琵琶湖の漁師でメシが食えないことはないと言われた」
「島で暮らしのすべてが完結していた。120%沖島で生活できた」
「お金はなかったけど、まったくのんびりと、みんなとなごやかに暮らしてきた」
「沖島のいいところは、自然、人情、何かあったら助け合う」
「お寺の日曜学校に通っていた」
「まちづくりを宗教に期待している」
「子どもが外で遊んでも安心」
「山から子どもの声がするようになるといいなぁ」
「みんなで浜に水を汲みにいって、親戚や近所の者がみんな集まって、ひとつの風呂に入った」
「祭りの翌日は、ご縁といって、島民みんなで弁当を持って、山へ登って、銘々の場所に座って、弁当を食べながらおしゃべりした」
「沖島は変わってない、と言われるが、沖島も変わりすぎた」
「おばちゃんをスターにしていきたい」
「漁師は残していきたい」
「SOMOSOMOの会」の参加者は高齢者だけでなく若い方もおられましたが、語られた内容のほとんどが共同体にかんするもので、そこに共通しているのは「自然と人、人と人のつながりを大事にしていきたい」という思いなのだ、と感じました。
②ヨシ舟づくりイベント
「SOMOSOMOの会」を1年半ほど続けて、取り組みが島に定着したころ、ひとつの環境イベントを実施する機運が生まれました。沖島の環境やまちづくりに関心を持つ島内外の住民をつなげる目的で、琵琶湖の水環境保全のシンボルであるヨシ(葦)を使って、参加者みんなで舟をつくり琵琶湖に浮かべて乗船してみる、という楽しいイベント「ヨシ舟をつくろう」が企画されました。
実施当日は大きな反響があり、沖島小学校の生徒とその保護者、そしてまちづくりに取り組む人たちの約50名が参加しました。また、イベントの様子は、朝日新聞、毎日新聞、京都新聞それぞれに大きな紙面で紹介されました。
③沖島憲章づくり「千年つづくまちづくり」
「SOMOSOMOの会」を進めながら、さまざまな住民の思いをひとつの沖島の姿として表現する模索もはじまりました。大切にしたい沖島の過去と現在、そして沖島が沖島らしくこれから千年つづくための行動指針が沖島憲章としてまとまっていきました。この憲章によって、住民の思いや考えを沖島全体で共有し、さらに多くの意見を引き出していきます。沖島憲章の全文を紹介します。
沖島には人間は住んでいませんでした。
沖島に人間が住むようになりました。
沖島は人間に十二分の恵みを与えました。
沖島の人間は島の外も暮らしの一部にしました。
沖島の漁師は琵琶湖を駆け巡り水環境の守り人でもありました。
そうして、ずっと、お寺に寄り添ってひたすらに暮らしていました。
昔と変わらないステキな沖島がたくさん残っています。
昔とはちがうステキな沖島もあります。
沖島に生まれ住み続けている人も、
沖島に移り住んできた人も、
沖島から離れて住んでいる人も、
みんな沖島のことが大好きです。
そんな大好きな沖島がずっと続きますように。
【行動指針】
1、沖島の幸せのもとである、おじちゃんおばちゃんを学び続けます。
2、笑顔の漁師をずっと見られるように、沖島の未来を描きます。
3、子どもの声が島のあちらこちらから飛び出す沖島を守ります。
4、島の自然とのお付き合いを増やし、持続可能な開発を楽しみます。
5、のんびりとした時間がもてることを大切にします。
6、安心な暮らしと安心な食の自給自足を高めていきます。
7、島の中と中、島の中と外、人と人がつながる機会をたくさんつくりま
す。
8、お寺とともに互助の暮らしを義理・人情・道徳で彩っていきます。
沖島憲章には、「SOMOSOMOの会」で話し合われたことをより多くの島民と共有していきたい、また、沖島に関心を寄せてくださる島外の方にも届けた
い、という思いが込められています。私たちはここに綴られている言葉たちに何を感じるでしょうか。沖島のみなさんのまちづくりへの夢は実にささやかなものです。目指しているのは、ただ、ふつうに働けばふつうに食べられる社会です。だけど、このささやかな夢の実現をとても困難にしているのが現代社会なのです。
④沖島七夕イベント
多くの住民に沖島憲章を見ていただき、意見をいただく機会として、「SOMOSOMOの会」の拡大版として「沖島七夕イベント~七夕短冊に願いをこめて~」が開催されました。これまでイベントに参加することがなかった住民も多く参加され、100名近い参加者を得ました。これだけ大人数が集まるとなかなか自分の意見を披露するのはむずかしいのですが、お寺という場の力も大きかったのか、みんなが意見を出しやすく、また意見を共有したいという空間が生まれました。地味なイベントですが、意義の大きさを各新聞社も理解してくださり、ヨシ舟イベント以上に大きな扱いで、ローカル紙面だけでなく、朝日新聞全国版に詳しく掲載されました。
⑤地域通貨「共助&協働によるつながり経済」
お金による経済と並行して、地域社会のなかでぐるぐると「生産・流通・消費」をまわし、活発で持続可能な経済をつくっていくための地域通貨の仕組みを提案しました。「SOMOSOMOの会」は地域通貨の裏面に完成した沖島憲章を掲載し、地域通貨を使って沖島憲章の行動指針に沿う形でまちづくりを進めていくことで、沖島憲章への賛同、協力、協働の輪を広げていこうとしています。まだ本格運用には至っていませんが、割引クーポン的な使い方からはじめ少しずつ必要な機能を足していく予定です。
また、「持続可能なまちづくりには自給率が課題であることと、気候変動問題やエネルギー問題への取り組みも欠かせない」という学び合いが生まれ、環境に悪影響を与える廃棄物を排出しないエネルギー(ゼロエミッション)の取り組みとして、新たに薪ストーブの利用や太陽光発電などの勉強会が島民によって自主的にはじまっています。
講談社こども美術学園講師、印刷会社、デザインプロダクションを経て、1989年に広告会社(株)大広に入社。デザイン、コピー、プロモーション、プランニングの仕事をしながら、地球環境プロジェクトチームとして滋賀県・NTT共同プロジェクトに参画し、「市民参加型情報ネットワーク」の社会実験「びわこ市民研究所」を運営。2006年から環境に負荷をかけない自然農を実践。
2008年には「275研究所」を社内ベンチャー組織として立ち上げ所長に就任。2012年に農村再生をミッションとするNPO法人いのちの里京都村を設立。2014年からは浄土真宗本願寺派総合研究所の他力本願.net のプロジェクトに参加、委託研究員として「1000年続く地域づくり」をテーマに、まちづくり、セミナー、ワークショップ等を行う。