僧侶に良いイメージを持てなかった彼女が、お寺を継ぐと決めるまで|唐溪 悦子さんインタビュー<前編>

僧侶に良いイメージを持てなかった彼女が、
お寺を継ぐと決めるまで

 
唐溪悦子(からたに・えつこ)さん。島根県美郷町で生まれ育ち、高校2年生で得度。大学では環境マネジメントを修学し、卒業後は葬儀会社へ入社。社会経験を経て、現在は中央仏教学院に在籍しておられます。尼崎を拠点にさまざまな活動に参加。主催したイベント「尼僧酒場」はSNS上でも話題を呼びました。
 
積極的に活動する彼女ですが、幼いころから「僧侶」というものに、あまりポジティブなイメージを持てなかったといいます。そんな唐溪さんは、いま、僧侶としての自分ができることを模索している真っ最中。その試行錯誤の様子を覗かせていただく全3回のインタビューです。
 
子どものころから抱いていた疑問「僧侶ってなに?」
 

 
ーーご出身は島根県でいらっしゃいますよね?
 
唐溪悦子さん(以下:唐溪):島根県の美郷町というところです。過疎地域で、組内にも廃寺になったお寺さんや、跡継ぎさんがいなくて御門徒さんが守っておられる状態のお寺がいくつかある……そういう地域で生まれ育ちました。
 
ーー小さい頃はどんな子どもさんだったんですか? 一人っ子でいらっしゃるということで、お寺を継ぐことへの期待は感じておられたのでしょうか?
 
唐溪:共働きだった両親には「継いでほしい」とは一度も言われたことはありませんでした。特に母は私を縛り付けたくないという気持ちがあったみたいで「好きにしたら良いよ」と言ってくれていました。
 
高校2年生のときに得度させてもらって、そのころからは御門徒さんに「これで安心やね」という言葉をいただくようになりましたが、私自身あまり実感が持てていなかったですね。
 
ーーでは、お寺を継ぐんだという意識が芽生えたのはいつごろでしょうか?
 
唐溪:実はめちゃくちゃ最近なんです。本当に2年くらい前だったとおもいます。
 
高校のときに得度をしたのは、住職だった祖父が急死したことがきっかけでした。共働きの両親を少しでも手伝えればという思いで早めの得度を決めたんです。
 
僧籍をいただいて、法務も手伝っていた一方、自分が僧侶であることの自覚がなかなか持てずにいました。「僧侶ってなんなんだろう?」というモヤモヤを抱えながらの日々は続いて、お寺の世界にどっぷりと浸かるような決断は全然できない状態でした。
 
ーー「僧侶ってなんなんだろう?」という問題意識について詳しく聞かせていただけますか?
 
唐溪:最初は違和感でした。私はたまたまお寺に生まれただけのただの子どもでしたが、周囲はそうは思っていない気がしたんです。仲間はずれにされたり、あからさまな差別を受けたりしたことはないんですが、どこか「お寺の子」扱いをされているな……というのが最初の違和感。
 
そして、もう少し成長すると気になりだしたのが、法話に対する違和感でした。響かなかったんです。ここでポジティブなイメージを持てなかったことで、ますます自分と僧侶というものが繋がらなくなったというか、「私はああいう風にはなれないな」と思うようになりました。
 
環境マネジメントを専攻した大学時代
 

 
ーー大学時代はどんなことを勉強されていたんですか?
 
唐溪:大学では本当に自分が興味のあることだけを追求したんです。環境大学というところへ進学、環境マネジメントを専攻して、自然環境や動物行動学について学びました。環境マネジメントというのは、自然環境と人の営みとどう折り合いをつけて共存していくかについて研究する学問です。
 
ーーどんな研究があるんですか?
 
唐溪:たとえば川を護岸工事するときに、そこに住んでいた生物たちの生活をそのまま残すにはどうしたらよいかということを考えるとします。そのまま残すことは不可能なんですが…。その対策として魚道というサケやアユなどが産卵などにより上流へ上ってくるときに使ってもらう道がつくられることがあります。しかしこの魚道は魚の生態を知って適切に機能しなければ、人間の後ろめたさの解消だけに作られたものになります。よく観察し共に暮らすためにどうしたらよいかを考えなくてはいけないので、動物行動学なんかも学んでいくことになります。
 
葬儀会社で働いて直面したもの
 

 
ーー大学卒業後は葬儀社に就職されたんですよね。どういう規模の葬儀社だったんですか?
 
唐溪:九州に本社がある中小規模の葬儀社でした。葬儀社って、大手が半分〜7割以上のシェアを占めているんです。残りの3割くらいを各葬儀社が分け合う感じで、私が就職した葬儀社もその3割に含まれます。
 
ーーということは、その3割のなかに食い込むためには、ビジネスとして葬儀を扱わなければいけない場面もあるんですか?
 
唐溪:はい。結局私はそういう面に折り合いをつけられず、社長と意見が対立して辞めることになりました。
 
ーーどのような違和感や意見の相違があったのか、お聞きしても良いですか?
 
唐溪:今思えば、ある程度までは同じ方向を向けていたと思うんです。どうやってご遺族が後悔しないような葬儀を作っていけるのか、という。でもやはり企業なので、売り上げ重視になってしまう部分はあったんです。
 
たとえば棺にもランクがあって、一番ランクの高い棺を売ったら自分にバックがいくらか入ってくるという感じでした。私はそれがご遺族の悲しみにつけこむようで嫌だったんです。葬儀社に依頼して葬儀をすると、どうしても高額なお金がかかりますが、私のなかに「いやいや、何にそんなお金かかってんの?」という気持ちがあったので、「こっち(ランクの高い棺)の方が良いですよ」とはなかなか言えなかったんです。そこを社長に指摘されたことがきっかけで対立しました。
 
改めて意見を交わしてみて、「ああ、やっぱり私には合わないんだ」と思ったのですぐに辞めました。その後は、フリーペーパー制作やイベント運営をおこなう会社に転職して数年勤務しました。現在はきちんと仏教の勉強をしようと決めて仕事は退職、京都の中央仏教学院に在籍しています。
 
ーー葬儀がビジネスになると、どうしても折り合いのつかない部分が出てきますよね。とはいえ、個人的には僧侶がお寺に入る前に、企業などに就職して社会経験を積むことはとても重要だと思っています。
 
唐溪:そうですね。私が社会経験を積んでおきたいと思ったのは、現代社会で生きる上でひとりひとりが抱える苦しみというものにきちんと自分で出会って、体感することが、自分が仏法を伝える立場になるためには必要だと思ったからです。私は、体験できていないことを伝えるのがとても苦手なので。
 
また、これは今でも気をつけていることですが、似たような価値観の人とばかり一緒にいないようにしているんです。社会に出ると、いろんな人に会えます。本を読んだり、勉強したりすることも大事ですが、それだけでは知ることのできない世界があると感じています。
 
もちろん学生を終えてすぐにお寺に帰らないといけない立場の方もいらっしゃるので、企業に入って社会経験を積める環境だったことはすごくありがたいなと思います。
 
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良い葬儀って? 葬儀会社を退職した僧侶が思う葬儀のあり方|唐溪 悦子さんインタビュー<中編>
 

<編集後記>

 
僧侶が僧侶になるまでには、当然ですが、個別のさまざまな経験をしています。それらは必ずしも宗教に関わるものばかりではありませんが、僧侶としての眼差しを豊かにしてくれるものではあるはずです。とはいえ、僧侶が僧侶になってからもまた、「自分だからこそできることはなにか」「僧侶としてなにをすべきか」と悩みながらあゆむ道は続きます……まさにその道の途中を見せてくれている唐溪さん。次回は、葬儀会社を辞めざるをえなかった唐溪さんの考える、葬儀のあり方についてお話を伺います。
 
Profile
 
 

 

唐溪悦子さん
浄土真宗本願寺派 僧侶/TERA Energy株式会社/自然案内人
1992年生まれ。島根県美郷町出身、兵庫県神戸市在住。
お寺のひとり娘として生まれ、高校時代に僧籍取得のため得度するも僧侶としての生き方に悩み、大学卒業後は葬儀社に就職し、葬祭ディレクターとしてはたらく。
大学では「人と自然とがともに生きていくために」をキーワードに環境学、動物行動学を学ぶ。
掲載日: 2021.03.12