仏教と心理学。似て非なるものを組み合わせた結果とは?|武田正文さんインタビュー<前編>
仏教と心理学。
似て非なるものを組み合わせた結果とは?
今回は、浄土真宗本願寺派の僧侶であると同時に、臨床心理士としてもご活躍されている、島根県高善寺の武田正文(たけだ・まさふみ)さんにお話をうかがいました。仏教と心理学は、どちらも心の問題を取り扱うことから、親和性が高いと考える方も多いのではないでしょうか?実際、この2つの関係性は、仏教心理学やマインドフルネスといった分野で、多くの研究者から注目を集めています。
実際のところ、この2つを組み合わせることによって、いったいどのような結果がもたらされるのでしょうか?
臨床心理士になるには?
武田 正文(たけだ まさふみ)さん ※写真はすべて武田正文さん提供
――まず、臨床心理士について教えてください。臨床心理士とは、どのような資格で、それを取得することでどのようなことができるようになるのでしょうか?
武田 正文さん(以下:武田):臨床心理士はいわゆる「こころの専門家」になります。指定大学院を修了し、試験に合格すると資格を取得することができます。カウンセラーとしての資格は様々にありますが、もっとも信頼感の高い資格になっています。
――武田さんは僧侶でありながら、なぜ同時に臨床心理士を志されたのでしょうか?
武田:私が高校時代のころ「葬式仏教」という言葉が流行っていました。要は、お経を唱えているだけではつまらないという、仏教に対する社会の要請ですね。実際に学生時代を過ごす中で同級生から「お経を読むだけで楽だよね」と言われることもありました。それを乗り越えて、誰かのためになる僧侶になりたいと思うようになったのがきっかけです。
そして、どうすれば仏教の教えが現代社会に応えられるかを考えた時に、心理学と組み合わせると良いのではないかと思ったんです。
ずっと昔から心の悩みや苦しみを解決してきた仏教を、心理学という現代的な学問の見地からアプローチすると良いのではないかということです。そして、両親の後押しもあり、高校卒業後は広島大学の心理学専攻へ進み、臨床心理士を目指すことにしました。
――臨床心理士になるには、どういった勉強をする必要があるのでしょうか?
武田:「臨床心理士」になるためには、いわゆる精神疾患や心の悩みを勉強して、カウンセリングの手法を身につける必要があります。修士号を取得しても合格率は60%くらいです。
ちなみに、臨床心理士とは別に、2017年に定められた「公認心理師」という国家資格もあります。大学と大学院で指定科目を履修し、試験に合格すれば取得できるもので、学校教員や医師で、この資格を持っておられる方もいらっしゃいます。
仏教と心理学。その関係性とは?
――臨床心理学の分野では、仏教はどのように見られているのでしょうか?
武田:まず、私の通っていた広島大学は国立ですが、浄土真宗のご門徒もたくさんおられる地域にあるので、仏教青年会がサークルとして存在しているほど、仏教に対する理解は深かったです。
そして仏教と心理学ですが、実は直接的な接点はありません(笑)。ただ、教授の方々は仏教に対してすごく興味を持っておられました。なので、仏教と心理学をかけあわせた研究は、かなり応援していただけましたね。一方で、心理学的視点からの仏教研究はまだ先行研究が少なく、苦労しました。
仏教側から心理学、また心理学側から仏教に興味を持っておられる方はたくさんいらっしゃいます。また、医療の分野からも仏教は注目されており、特にターミナルケアの現場からは高い関心があるようです。ただ、学術的に論理立てて証明するまでには至っていません。
もし証明ができたら心理学や医療の分野から、僧侶と協動する動きがもっと出てくるかもしれません。
ーー様々な分野から、仏教は関心を集めているということですね。では、心理学と仏教がより連携していくためには、今後どういった取り組みが求められるのでしょうか?
武田:心理学は、データからの統計学的考察が特に重視されています。なので、とにかくデータを取得して、研究に反映させることが非常に大切ですね。
特に、医療の世界はエビデンス(証拠となるデータ)が全てと言っても過言ではありません。例えば、この方がカウンセリングに携わったところ、抑うつ感が何パーセント下がったか、といった具合に、客観的な数字に基づいて判断されます。
医療の現場でも活躍しておられる僧侶の方はたくさんおられますよね。そうした方々のご活動を、データという形で研究に反映できれば良いのではないかと思います。
ーーお参りの現場も、そうした研究に活用できるかもしれませんね。
武田:間違いなく活用できると思います。全国のご住職は、無意識のうちにデータを取っておられると思うんです。こうすればご門徒の方々に喜ばれる、逆にこれは不快に思われるからやめようとか……。これも、独自の体験の中で蓄積されたエビデンスですよね。そうしたご経験があるのは、とても貴重ではないかと思います。
ーーデータを集められれば、興味深い結果を得られるのでしょうか?
武田:実際に、興味深いデータが既に出ています。私は東京大学の宗教心理学研究会、松島公望(まつしま・こうぼう)先生の研究でもデータ収集の協力をさせていただいているのですが、そこでは「宗教によるアイデンティティの形成」という研究を進めています。
当然と言えば当然かもしれませんが、キリスト教と仏教、仏教の中でも浄土真宗と他宗では研究結果が違っています。その中でも興味深いのが、アイデンティティの確立の違いです。キリスト教では宗教心が高まれば高まるほど、確立されるのですが、仏教では逆になるんですよね。つまり、宗教心が高ければ高いほど、自分がよくわからなくなったり、自分に自信を持てなくなる傾向が明らかになっています。
ーーその結果を武田さんはどのようにとらえていらっしゃるのでしょうか?
武田:仏教は自分を問うて、迷いながらも生きていけるということを考えれば、自然な結果だと考えています。はっきりとしたアイデンティティを形成するというよりは、縁起のなかでの自己、さまざまなものとの関連性のなかでの自己を重視している結果だと言えますね。