「法話って何?」素朴な疑問を通して価値観を揺さぶる漫才法話│那須弘紹さんインタビュー

那須弘紹さん(写真提供:那須弘紹さん)

 

ご縁がつながり芸能界へ

 
――今日はありがとうございます。はじめに、自己紹介を簡単にお願いします。
 
那須弘紹さん(以下、那須):私は熊本県の球磨(くま)郡にあるお寺で生まれ育ちました。私の母方はあまりお寺とはご縁がない家の出身だったためか、あまりお寺特有の厳格さみたいなものは無かったように思います。幼少期の頃からお寺を継がないといけないというプレッシャーはなく、むしろ、お笑い好きだった祖父の影響を強く受けていましたね。
周りが言うには、近所の家で大人に混ざって喋ったり、人見知りをせず知らない人とも話していたり、そういう子どもだったようです。
 
――今の那須さんを形成するのに欠かせないお話好きな部分は小さい頃からあったのですね。お寺を継がないといけないというプレッシャーはなかったとのことですが、僧侶になられたのはいつごろですか?
 
那須:得度を受けたのは、龍谷大学の1年のときです。正直な話、お寺の厳格さがない家庭とはいえ、「ウチがお寺である以上は得度を受けておきなさい」と言われて受けただけで、お寺を継ぐという気持ちや現実味は全くなかったです。
 
そもそも龍谷大学に行こうと決めた理由も、「都会だったから」です。他にもいくつか大学を受験しましたが、受かった中で一番都会だったのが龍谷大学でした。とにかく実家がとても田舎だったので、都会に出たかったんです。今思うと、何も考えていないヤツでしたね(笑)。
 
――そんな那須さんがラジオパーソナリティーになられた経緯を教えてください。
 
那須:大学に入った当初、何か部活に入らないと友達ができないなと思ったんです。そんなとき新入生への部活紹介があったんですが、そこで司会を務めていた先輩がとても魅力的だったんです。そしてそのまま龍谷大学学友会放送局に所属しました。
そしてそこからご縁がつながって、19歳の時にKBS京都でコーナーを持たせていただくことになったんです。
 
――大学生でラジオパーソナリティーという経験をされたことは、那須さんの人生に大きな影響を与えたのではないでしょうか。
 
那須:当時出会った方々との関わりの中で得た経験は本当に刺激的なもので、「ラジオパーソナリティーなど放送に携わる仕事で食べていこうかな」と思ったのが20歳ぐらいのときです。それまでほとんど何も考えずに流されていただけの人生でしたが、そこからはちゃんと将来を考えながら動き出しました。今となっては、何も考えずに自由に過ごしていた「力まない時間」が自分らしい生き方で、よかったのではないかと思いますね。 
 
 

僧侶の道へいざなった別れと出会い

   

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掲載日: 2021.10.11