持続可能な環境を実現するまちづくり ① 環境問題を解決する新しい共同体<前編>

持続可能な環境を実現するまちづくり
第1回/環境問題を解決する新しい共同体 前編

 

 

環境問題の不思議

 
人間に突きつけられている大きな課題のひとつが、生物多様性を担保している地球環境の「持続可能性」の問題です。
そして、その持続可能性を脅かす要因として気候変動、大気・水質・土壌汚染、森林減少、生物種の減少、エネルギー対応、食料危機、貧困、廃棄物などに代表される環境問題を挙げることができます。
これらの問題は、少なくとも30年以上にわたって解決が望まれているにも関わらず、いっこうに解決せず、それどころか状況はひどくなる一方であるという現状があります。
 
環境問題の特徴として、原因は全て人間の活動であるにもかかわらず、その人間自身が解決を望んでもいっこうに解決されないという奇妙な事実があります。たとえば近年、世界の食料生産量は人口増を十分に補えるだけの増産に成功しています。しかし2019年の時点で世界の飢餓人口は6億8780万人。11人に1人が飢餓状態にあります*1 。
 
しかし他方では、食料廃棄量は2011年には世界で生産されている食料の約3分の1にあたる約13億トン。日本に限っても2019年の時点で年間に2759万トンの食料が廃棄されています*2 。これは大変に奇妙な状況にあると言えるでしょう。
 
別の例を挙げてみましょう。牛肉です。現在1キロカロリーの牛肉を商品化するためには、およそ10キロカロリーの穀物を牛に与える必要があると言われています。
牛肉を食べることをやめて、この穀物を牛に与えずに人間が消費すれば、その分の食料生産量を下げる事ができるため、その分農業が与えるはずだった環境負荷を下げることができます。
 
ですが、牛肉の消費量は過去50年の間に日本では約6倍にまで増えてしまいました*3。私たち人間は環境問題や食料問題に困る一方で、環境に高い負荷を与える牛肉を消費者が選択し続けてきたのです。
 

 
また、農業も変化しました。昭和初期まで、農業は1のエネルギーを使って1以上のエネルギーの穀物を生産していました。ですが農業技術が発達した現在において農業は、10のエネルギーを使って1以下のエネルギーの穀物を生産しているのではないか、という指摘もあります。
 
確かに穀物自体の生産量は増えましたが、その穀物を生産するために必要なトラクターなどの道具を作り、維持するためのコストや、農薬を研究開発するためのコスト、輸送費、燃料費などを総合すると、昔の農業に比べて今の農業には莫大なコストとエネルギーがかかっていることがわかります。
 
そういったコストとエネルギーに、得られる穀物の量などが見合ってないのではないか、というのです。
こうした現代農法は環境に与える負荷も深刻です。トラクターなどの農業機械の生産、輸送、稼働などのために相当の温室効果ガスを排出しますし、農薬や肥料による土壌や地下水、湖沼、海洋への大規模汚染なども生じます。
 
ミツバチやトンボなどの生態系へのダメージも深刻です。これらの問題を解決するためのコストとエネルギーをふくめると、現代の農業は見た目とは裏腹に実は割に合ってないのです。集落内の資源を持続可能な形で利用していた昭和初期の農業のほうが、よほど先進的であったと言わざるを得ません。
 
私たちの扱う技術そのものは発達してきましたが、それを使う私たちはしくじり続けています。環境問題を考えるとき、技術の進歩を論じるより先に、どうして私たち人間はしくじってしまうのかを問題にしなければならないのです。
 

 

問題の本質・前編

 

 
エネルギー不足や気候変動や貧困などは表層的な問題であり、ある根源的な問題が引き起こした結果に過ぎません。そのため、技術の進歩でそれらの表層的な問題を解決しても、根源的な問題は解決されていないので、別の地域などでおなじ問題が引き起こされます。
 
その根源的な問題とは、「いのちといのちの関係性」の不公平さです。どの問題をみても、私たち人間が自分の都合のために、相手のことを思えば到底できないようなことをしてきた結果として、現在の持続不可能な世界が広がっているようにみえるのです。
 
おそらく環境問題だけでなく、現代社会のほとんどの問題の根っこはこの「いのちといのちの関係性」の不公平さであり、私たちの自分の都合のための行いに端を発しているのではないでしょうか。もしそうであるならば、私たち自身が変わりさえすれば、この問題は解決し、表層の問題も自動的にすべて解決するはずです。
 

 
2000年ごろから、環境問題は食と農が深くかかわっている、と思いはじめていた私は、日本各地の集落に直に触れる機会が増えていきました。いずれの集落も深刻な過疎化・高齢化問題を抱えていました。
 
国や行政も農山漁村の再生支援事業に力を注いでいて、特産品や観光の開発を核にしたまちづくりが盛んに行われていました。私は環境問題にかかわりながら、まちづくりを支援するプロジェクトを2009年からはじめることになり、「NPO法人いのちの里京都村」を京都府といっしょにつくりました。
 
このNPOを創立した当初は、移住・定住を目的に経済的な自立を目指し、集落のビジネス開発ばかりを行っていましたが、活動を続けているあいだに何か方向がズレている感覚をもつようになりました。
 
集落の収入が増えてもそれに比例して集落の問題が解決する方向に向かわないのではないか、と。そこで、最近では、都会的あるいは企業的な発想ではない、集落環境を第一に考えた持続可能なまちづくりを中核にしています。
 
具体的にこうした「持続可能」なまちづくりをはじめるにあたって、まずその地域におけるお金が介在しない、公平な「いのちといのちの関係性」がもたらす経済価値のありかたを調査し、よく知ることからはじめています。
 
これは、誰かに負担を強要することなく、手伝いや見守り、介護、清掃、運送、移動などの、住民の奉仕で実現できる仕事を活発にすることによって、そのはたらきによって生まれた余力が地域内を循環し、結果そうした奉仕を行った者が別の奉仕を受ける立場になるという、貨幣を媒介としない経済価値のことです。
 
たとえば、台風で傷んだ果物が出荷できなかったり、豊作過ぎて市場価格を下げてしまいそうなときに農作物が大量に捨てられるニュースをよく目にしますが、これらを地域内の会社員など農業以外を生業にしている住民に分けたり、逆に、会社員が休みの週末に農作物の収穫を手伝ったり、どこかへ出かける用事があるときに、移動に困っている住民を乗せてあげたりすると、そこに経済価値を見いだすことができます。私を含め一部のものはこうした経済価値のあり方を、「つながり経済」と呼んでいます。
 
そうした地域における「つながり経済」のありかたがわかったならば、次にそれらを見える化し、集落内外の人と人の共助や協働による経済を豊かにする行程に入ります。
 
この行程を経ることで、集落の「お金による経済」への依存度をある程度までにコントロールし、持続可能な集落社会(農山漁村) を構築していくのです。こうしたまちづくりは長期の取り組みになります。活動をはじめて10 年、まだ事例も多くはありませんが、それでも少しずつ、確実に持続可能な地域に向かって歩んでいます。
 
また、まちづくりの際には、地域住民を中心にした話し合いの場を十分に持つようにしています。そうすることによって、集落が元々持っていた連帯感や隣人への思いやりといった、つながりの力を呼び覚ますことができるからです。
 
しかしそうしたつながりの力によって、昔の「共同体に依存するしか選択肢のなかった厳しいつながりの時代」に戻るのではありません。現代社会のなかで進化する形で、つながりの力をほどほどに生かした計画を実行するようにしています。
 
自然環境は地域によって異なるので、そうした自然環境を生かした持続可能なまちづくりのやり方も地域それぞれになります。住んでいる地域の自然環境と「つながり経済」を一番体験しているのはそこに居る住民です。
 
ですから、どうすればそれらをこれからの持続可能な集落づくりに生かしていけるのかの答えを持っているのも、そこの住民であるだろうと私は考えています。私の仕事は住民が持っていながらも、表現できないその答えを引き出すことであり、そうした作業にもっとも重きをおいています。
 

 

菱川貞義(ひしかわ・さだよし)
講談社こども美術学園講師、印刷会社、デザインプロダクションを経て、1989年に広告会社(株)大広に入社。デザイン、コピー、プロモーション、プランニングの仕事をしながら、地球環境プロジェクトチームとして滋賀県・NTT共同プロジェクトに参画し、「市民参加型情報ネットワーク」の社会実験「びわこ市民研究所」を運営。
2006年から環境に負荷をかけない自然農を実践。
2008年には「275研究所」を社内ベンチャー組織として立ち上げ所長に就任。2012年に農村再生をミッションとするNPO法人いのちの里京都村を設立。
2014年からは浄土真宗本願寺派総合研究所の他力本願.net のプロジェクトに参加、委託研究員として「1000年続く地域づくり」をテーマに、まちづくり、セミナー、ワークショップ等を行う。

 

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持続可能な環境を実現するまちづくり① 環境問題を解決する新しい共同体 <後編>
(4月20日公開予定)

 

   

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掲載日: 2021.04.07

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