多様な文化を実際に肌で触れる経験|川瀬慈さんインタビュー<前編>
「エチオピア北部での調査中木陰で休憩」
今回ご紹介するのはアフリカ音楽の研究者の川瀬慈さんです。川瀬さんは学生時代、エチオピアに渡って生活をされていました。現在は国立民族学博物館の助教として勤務されています。またお寺のご出身でもあります。
川瀬さんに、アフリカでのご経験やお寺での活動についてお話しをお聞きしました。
―生い立ちについて聞かせて下さい。
岐阜県の善立寺というお寺に1977年に生まれました。山を駆け回り、野を駆け回った少年時代でした。川でアマゴやイワナを手づかみしたり、小学校の登下校時には、野ウサギを追っかけたりできるようないなかで育ちました。現在は、岐阜と職場の大阪を行ったり来たりの生活をしています。
―幼少期の思い出は?
ヘビを捕まえるのが得意だったのですが、8歳のときに右手の人差し指をマムシにかまれました。救急車で運ばれ、血清を打ち、一命は取り止めたものの指の骨が毒の影響で一部溶けて、結局曲がってしまいました。僕にとってその経験は、自然との距離について考えさせられるある種とても大きな出来事でした。
―学生時代は何をされていましたか?
立命館大学に入って文化人類学に出会いました。とはいうものの、最初は学問に興味がなく、ロックバンドのサークルに入って音楽活動に専念する日々でした。
学生時代、単位交換留学で、カナダのバンクーバーに住みました。そのころ友達になった人たちは、いわゆる白人だけでなく、先住民やインドから来たシーク教徒、日系、韓国系、いろんな人がいました。それまでは触れ得なかった、多様な文化というものを実際に肌で感じ、自分の認識のありかたを揺り動かされるような経験でした。いろんな価値観のありかたや生活の様式を学ぶことに一種のエキサイトメントを感じるようになりました。
そこから、アルバイトをやってお金をためては、楽器をもって旅に出ることを繰り返しました。インド、ネパール、キューバ、インドネシアなどまわりました。4年で卒業単位は取れませんでしたが、5回生になると、これまで興味のなかった文化人類学という学問がおもしろいと思うようになったんです。
―その後、どの様な進路へ進まれたのですか。
京都大学大学院へ進みましたが、実のところ音楽活動を続けたいというのが本音でした。大学院ではアフリカを研究する研究科に入りましたが、変な話、アフリカに対する興味は最初は薄かったのです。すると指導教官から「とりあえず、現地に行ってこい」と言われ、エチオピアに行くことになりました。2001年のことでした。
―エチオピアでの生活は?
エチオピアに行くときにとりあえず目標を建てました。音楽をなりわいとする複数の集団について調査するという目標です。実際に行ってみると、楽しくて結果的にエチオピアから離れられなくなってしまったのです(笑)。結局3年間程、エチオピアで生活したことになります。
「憑依儀礼に参加」
―研究していることについて教えて下さい。
エチオピアの吟遊詩人(ぎんゆうしじん)や、いわゆる楽師、門付(かどづけ)(*1)の芸能者の集団の研究をしてきました。音楽集団はエチオピア北部では、鍛冶、皮なめし、壺づくり、機織り等を生業とする職能集団(現地のアムハラ語で‟モヤテンニャ”)という範疇に入れられ、社会的には蔑視される境遇にあります。
これらの集団とともに生活をしながら、集団の音楽活動や歌詞についての論文を書いたり、ある段階からは、映像作品を通してその姿を伝えたりしてきました。映像作品を制作する際、僕の場合、自分でカメラを持ちながら、被写体と現地語でやり取りする様子をそのまま映像に収めて作品のなかで提示するというアプローチを探求してきました。
最初は歌い手と聴衆の豊かなやりとりの客観的な観察に徹したかったのですが、吟遊詩人は、目の前の出来事や、思っていることを即興で歌にします。歌詞の中で「今、カワセが映像を撮っている」「カワセは我々の兄弟だ」というふうに調査者/撮影者である私のことが歌になってしまいます。こうなると客観的な絵にはならず、傍観者に徹することは難しいのです。
そこで悩みながらも、被写体の人たちと調査者が、ともにある姿をそのまま映像に残そうと決意し、自らの存在を前景化する方法論を探求するようになりました。文化人類学に付随する多くの映画は客観的な「異文化」の描写が多いのですが、僕が取った手法はそれとは対極のアプローチでした。この私の方法論に関しては、映像人類学の論壇では賛否もあったのですが、作品は、自分の予想もしなかったようないろんな機会で上映されるようになりました。
『精霊の馬/When Spirits Ride Their Horses』(2012)
『Room 11, Ethiopia Hotel』(2007年)
ウェブサイト
川瀬さんの本(編著)
『アフリカン・ポップス!文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店、2015年)
『フィールド映像術』(古今書院、2015年)等。