★PICK UP│母親であり僧侶。前田純代さんが文章を通して伝えたいこと│前田純代さんインタビュー<前編>

 

 

 

子育てと物書きと僧侶と

 
――前田さんは『中国新聞』、『大乗』、『仏教こども新聞』など多くの誌面で文章を書かれ、また『仏教こども新聞』では編集にも係ってこられました。そこに至るまでにどういった経緯があったのでしょうか?
 
前田純代さん(以下、前田):『仏教こども新聞』の編集委員になったのは2008年、34歳のときです。
ある日、当時編集長をされていた先輩僧侶から「『仏教こども新聞』の編集委員を探しているんだけど、前田さんやってくれない?」というお電話をいただいたんです。
ただ、当時の私は僧侶になったばかりで、浄土真宗のみ教えもまだまだ勉強中のときでした。さらに一人目の子どもが生まれてまだ数か月で、毎日慣れない子育てに試行錯誤していたときでもありました。
 
――心身ともに大変なときだったのではないでしょうか。なぜ編集委員のお仕事を受けられたのですか?
 
前田:私自身、子育てに悩んでいたからです。もちろん子どもはかわいいのですが、一日中子どもと向き合わなければいけない、というのもしんどいもので……。社会と切り離されたような孤独感もありました。
 
もともと文章を書くのが好きでしたし、『仏教こども新聞』のお仕事は、子育てで行き詰まった生活に、解決の糸口をもたらしてくれるのではないかという気がしたのです。
このような自分本位な動機でお引き受けしたのですが、おかげさまで、『仏教こども新聞』を書く中で出会った仏教書や育児書、他の編集委員さんの言葉に助けられて、何とか子育てをすることができました。そして編集のお仕事を通して、子育ての悩みや仏さまのみ教えを読者の方々と共有できることは、私にとって大きなよろこびとなりました。
お仕事が始まると、3か月に一度京都で開かれる編集会議に参加しました。出張の度に、少しの間家を離れ、家族以外の人と話し、子ども以外のことを考える時間がもてました。おかげで、心身ともにリフレッシュして、自分の子育てを客観的に見つめられるようになりました。
 
 

得度をしたときは「ペーパー僧侶」でした。過去を振り返って考える僧侶に必要なもの

 
――もともと文章を書くのがお好きだったことに加えて、ともすれば行き詰まってしまいそうになる子育ての打開策として、編集委員のお仕事が前田さんにとってぴったり合われたということですね。そもそも前田さんが浄土真宗の僧侶になられたのはなぜですか?
 
前田:僧侶になったきっかけは、住職との結婚です。
私はもともとお寺の出身ではなく、横浜のサラリーマンの家庭で育ったんです。しかも中学・高校はキリスト教のミッションスクールに通っていたんですよ。毎朝讃美歌を歌ったりしていました。実家がお世話になっていたお寺はありましたが、浄土真宗ではなく曹洞宗のお寺でしたね。
そのため、浄土真宗とはまったくご縁のない生活をしてきました。
 
住職でもある夫は大学の同級生で、私が31歳のときに結婚しました。でも、私があまりにも仏教や浄土真宗について知らなかったものですから、夫の家族が心配して、「中央仏教学院*1に行ってきたら?」と言ってくれて、2005年4月から1年間通わせていただくことになりました。
 
中央仏教学院をすすめてくれたのは夫の家族でしたが、私の中にも仏教を学びたいという思いや、僧侶へのあこがれがありました。30歳になるまで、一生懸命勉強も仕事もしてきて、それなりに収入もあり楽しいこともありましたが、心の中は不安と恐れとコンプレックスでいっぱいでした。僧侶になり仏教を学べば、心の安らぎを得られるかもしれないと思ったのです。
 
そうして2005年の9月に得度をして僧侶となり、2006年3月には寺院住職の基礎資格である教師の資格もいただきました。
ただ、仏教の勉強をしたといっても1年ですし、中央仏教学院の同級生が得度をするから私も……という周囲に流された部分もありました。その結果、かたちばかりの「ペーパー僧侶」が誕生してしまったんです。実際にちゃんとお聴聞したこともなく、お参りをしたこともない、机の上で勉強しただけの私が、得度をして僧侶になってしまった……非常にお恥ずかしい話です。
 

*1 中央仏教学院:浄土真宗本願寺派の僧侶を養成する学校

 
――そんな背景があったのですね。その頃を振り返りつつ、今の前田さんにとって僧侶に必要なものとは何だと思われますか?
 
前田:仏さまのみ教えに出遇えたことをよろこぶこと、これに尽きるのではないでしょうか。
僧侶と一口に言っても、僧侶になる動機もきっかけも人それぞれです。顔も性格も考え方も得意なこともさまざまです。いろいろなタイプの僧侶がいるからこそ、多様な伝道布教が可能となり、結果的に仏さまのみ教えが多くの方々に伝わっていくのではないかと思います。
ただ、どんな形であれ、僧侶がみ教えをよろこぶこと、これは必須です。その姿を見た方は何らかの影響を受けるでしょう。よろこびは教えたり諭したりするものでなく、自然と伝わっていくものだと思います。
 
私自身、僧侶になる上で、深い動機や立派な使命感があったわけではありません。今でもまだまだ勉強不足ですし、人間としても未熟で、とても他人さまに教え諭すようなものを持ち合わせていません。けれども、さまざまなご縁によって仏さまのみ教えに出遇えたことをありがたく思っています。
 
文章を通して、このよろこびが少しでも読者に伝わればうれしいです。また、未熟で不完全な私がよろこぶ姿を見て、お一人でも仏さまのお慈悲をご自分のこととしてよろこんでいただける方がいるなら、という思いで書かせていただいています。
 
 

一人でいるとき独りじゃないと思わせてくれる存在に、子どものときに出会えるように

   

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掲載日: 2022.08.09