社会が正気を失わないために、仏教にできることとは?|松本紹圭さんインタビュー<後編>

 
仏教界で斬新な活動を行われている松本紹圭さんにお話を伺っています。前編記事では、日本仏教の特徴や可能性を語ってくださいました。
後編となる今回は、松本さんがいま実践されているご活動のことや、未来への展望をお伺いしました。
 

 

僧侶との対話を通して、ウェルビーイングを。

 

産業僧としてご活動中の松本さん(画像提供:松本さん)

 
ーー松本さんはこれまで、仏教・思想を中心に興味を持たれ、先進的な活動をなされてきたと思いますが、どのような問題意識を持って取り組んで来られたのでしょうか?
 
松本紹圭さん(以下:松本):古の知恵と今を生きる人たちの間の架け橋でありたい、という思いはずっと変わっていません。
釈迦牟尼仏から親鸞聖人、祖師方がすでに語り尽くされてきた教えを、ある意味「受け売り」をして「翻訳者」として現代の人々に伝えるのが僧侶の役割ではないでしょうか。語られた当時と背景や文化が全く違うので、そこをいかに翻訳していくかが僧侶としての腕の見せどころだと思います。
 
これまでの活動も、そのことを意識しながら行ってきました。例えば「未来の住職塾」は、経営ノウハウ等の俗世の知恵をお寺の世界に翻訳していく事業でした。約10年続け、意味も必要性も感じている一方で、社会自体がこれまで以上に方向性を失い、人々が迷い始めている様子も感じ取れます。
 
これからは、そんな世の中を生きる人たちが、いかに古の知恵から学び、これからの子孫のために、少しでも良いものが残せるか、というところに大きなミッションがあると思っています。
 
ーー今、最も注力されておられるのはどういったご活動でしょうか?
 
松本:特に、最近は「産業僧」に注力しています。「産業僧」とは、簡単に言えば企業に勤めている人と対話をする僧侶のことです。企業と契約して、対面やオンラインで対話をすることが活動の中心です。あくまでも悩み相談ではなく、「対話」に重きを置いています。
 
ーー「産業僧」ですか。その役割はどういったものでしょうか?
 
松本:企業で働く人々の多くが、目標に追われ、どんどん生産性や業績の管理も厳しくなっています。昔に比べて「余白」が小さくなっているんですよね。そこで、対話を通して働く人が背負われている「責任」や「ノルマ」という荷物をいったん降ろし、新たな気持ちで荷物を持ち直してもらうことが目的です。
そして、荷物は仕事のことだけとは限りません。子どものこと、親の介護のこと……いろいろありますよね。そうした荷物も一度置いていただいて、社会的な役割としてではなく、「あなた」の本当の声を出してもらう時間を提供しています。
 
ーー僧侶が行う意義はどこにあるのでしょうか?
 
松本:僧侶は利用者と利害関係が全くないので、「パーフェクト・ストレンジャー(赤の他人)」としてそこに登場できるところに大きな意義があります。作務衣や法衣の姿で対面すると、仕事で接点を持つことは無いと認識され、安心して対話に臨んでいただけるところに僧侶が行う意義があると思いますね。
 
ーー企業側からはどういった期待を寄せられているのでしょうか?
 
松本:企業からの期待は実に様々です。会社の中で何が起こっているのかは、経営者でも意外と見えていなかったりするんですよね。業績の思わしくない状況が生まれていたり、働く人が心を病んでしまっているならば、会社としても対応が必要です。もちろん、そのような問題は起こらないに越したことはありません。
個々の対話を通じて少しでも相談者の荷物を軽くする傍ら、会話をAIで分析して人事施策の改善にも繋げられるよう模索しています。
 
一つひとつの対話で、一人ひとりの荷物を軽くするとともに、組織は人間の関係で成り立っていますので、その中でいったい何が起こっていて、それをどうすればより良い方向に導けるのかを考えていきたいですね。
 
ーー対話する中で、仏教の教えはどのように活かされているのでしょうか?
 
松本:産業僧は信者を増やすための布教活動は一切していなくて、仏教の知恵そのものを大切にしています。自分の人生や組織の集合的な「ウェルビーイング」が高まり、より生きやすくなるために活かせる知恵であれば取り入れてよいとしています。
ですので、産業僧の方々にもご自身の仏道で語っていただくようにお願いしています。自分自身が仏教の知恵をどう生かしているか、に根ざしていることが大切ですので、禅の僧侶なら禅の言葉も出るし、日蓮宗の僧侶なら法華経の言葉も出てくるでしょう。
よって、仏教の教えの活かされ方は僧侶によってさまざまだと思います。
 
ーー「ウェルビーイング」とはどういう意味でしょうか?
 
松本:私は「安養」(*1)と訳しています。仏教には「安養界」という世界があります。そこは心が安らかとなり、身が養われる場所だと言われていますので、ウェルビーイングが完全に実現された世界と言っても良いのではないでしょうか。(詳しくはこちら
 

(*1):阿弥陀仏の浄土のこと。心を安らかにし、身を養う世界であるからこのようにいわれる。(『浄土真宗辞典』)

 

私たちは、「よき祖先」になれるか。

   

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掲載日: 2022.09.08