社会が正気を失わないために、仏教にできることとは?|松本紹圭さんインタビュー<後編>

 

私たちは、「よき祖先」になれるか。

 

(画像提供:松本さん)

 
ーー現代社会の中で、寺院はどうあるべきだと思われますか?
 
松本:現代において、日本の仏教は「二階建て」になっていると思います。これは、日本のお寺は「仏教」という看板を掲げながら実はその中に二つの役割がある、という意味です。
仏教の活動は幅広く、お葬式やお墓参りもあれば、坐禅や写経もあります。でも両者は性質が異なりますよね。前者は「先祖教」で、後者は「仏道」と個人的には分類しています。
 
「仏教」という大きな看板を掲げながら、一階部分は先祖教。死者に働きかける場所です。対して二階部分は仏道、生き方や価値観に働きかける場所ですね。生者のための空間と言ってもいいでしょう。
ちなみに「一階」、「二階」という表現をしているのは、一階はお布施経済で二階がお賽銭経済だからですね。現状、多くの寺院はお布施経済に依存しているので、一階がなければ二階も成り立たないようになっています。
 
現状、二階の仏道に興味を持つ人は増えている一方、一階の先祖教は衰退しています。なぜかというと先祖教は家族教でもあるからです。これはお寺の問題というよりも、時代が下るにつれて「家」という枠組みが変わったからで、最早その流れを止めることはできなくなりました。よって、枠組みの変容をいかに受け止め、変化していくかが今のお寺や僧侶には求められているのではないでしょうか。
 
ーー一階部分のリフォームが求められているわけですね。
 
松本:反省点として、お寺世界があまりにも先祖教(=家族教)に依存しすぎていた、という側面があります。
しかし、家族という枠組みや血筋、出自などにとらわれず、どんな人でも教えを大切にする者同士が共同体を作ることができ、死生観も共有できる場所があるべきお寺の姿なのかもしれません。まさに、サンガですよね。
 
私は『グッド・アンセスター』という本を翻訳しましたが、「アンセスター」を「先祖」ではなく「祖先」と訳しました。微妙なニュアンスの違いですが、「先祖教」から「祖先教」への転換を意識しています。
 
家族という枠組みが崩れる中で、依然として弔いの担い手は血縁の家族に限定されています。しかしこれからは、友達同士で集まって、友人を弔うといったあり方も良いのではないでしょうか。弔うことで、誰もが誰かのグッドアンセスター(よき祖先)になりうるわけです。自分に直接な子や孫がいなくても、私は大きな歴史の中で一人のよき祖先になれる、そう感じられるような共同体を作っていくことが、お寺の一階部分においては非常に重要なことだと思っています。
そして、もし先祖から祖先への転換ができるのであれば、今後もお寺が意味のあるものであり続けられるのではないでしょうか。
 
ーー「グッド・アンセスター」に着目されたきっかけはどういったものだったのでしょうか?
 
松本:私が僧侶になった当時、僧侶の役割が葬儀や法事といった先祖供養にあまりにも傾いているところに疑問を感じていたのがきっかけですね。先祖供養がどう仏道と重なるのかと、その将来性を疑問に感じている中で、この『グッド・アンセスター』という本を通して、自分の中で納得するものに出会えました。
この本には私自身が祖先となっていくときに、「いかにしてよき祖先になるか」という問題設定が含まれています。
この問題設定は、現代社会が抱えている課題と深く関わっていて、そこに仏教が現代に受け入れられていく可能性を見出したんです。
 
グッド・アンセスターという視点から見ると、過去の人に思いを向けるということは、やがて自分自身が祖先となっていったときに未来の人から思いを向けられる存在になることと重なり合うものであり、その意味では未来ともつながっているとも言えるんですね。
 
考えてみれば、浄土真宗でも「願以此功徳」からはじまる回向句(*2)がありますよね。過去の人に想いを向けながらも未来の人も含めた一切衆生に、功徳が振り向けられています。その発想って、ものすごい広がりのあることだったんじゃないかと。
未来と繋がっていると考えると、先祖教は死者という目に見えない存在を媒介とした、実はすごく優れた仏道だと改めて気づくことができました。
 

(*2):勤行の終わりに唱える偈文のこと。僧も俗も含めたすべての人々に、ただ信心をいただいてほしいという思いが込められている。(参考資料:『季刊せいてん』せいてん質問箱「『願以此功徳・・・』の言葉にはどういう意味があるのか?」)

 
――最後に、松本さんの今後の展望をお聞かせください。
 
松本:産業僧はすごく大きな意味を持つものだと思うので、今後も活動を続けられればと思います。僧侶と組織の良い関わり方を見出し、それをもっと広げれば仏教がもっと社会に受け入れられていくのではないでしょうか。
 
自分の人生、そして組織の集合的なウェルビーイングが高まり、より苦しまずに生きられるようになるかが重要です。
さまざまな危機がある時代だからこそ、僧侶には世界が正気を失わないように働きかける姿が求められているでしょう。
 
ーーありがとうございました。
 

編集後記

 
今回は、松本紹圭さんにお話を伺いました。お寺の境内はもちろん、企業のオフィス、時にはインターネット上と、様々な場所で活躍されていますが、そこには古の知恵と今を生きる人たちの間の架け橋でありたいという思いが込められていたことが分かりました。
そして、その背景には、未来の人にとっていかによい祖先となれるかを模索する松本さんの姿があります。
混迷を極める現代。「よき祖先」になるために、私たちの「今」が問われているのかもしれません。
 
松本さん、ありがとうございました。
 

(画像提供:松本さん)

 

松本紹圭さんプロフィール

 

 

1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。超宗派仏教徒のウェブサイト『彼岸寺』(higan.net)を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』やお寺カフェ『神谷町オープンテラス』を企画。若手住職向けの寺院マネジメント塾「未来の住職塾」を開講。
お寺で僧侶と一緒にお参り・掃除・お話から一日を始めるテンプルモーニングを実施。noteマガジン「松本紹圭の方丈庵」、ポッドキャスト「テンプルモーニングラジオ」、翻訳書『グッド・アンセスター』など、多方面に発信中。
   

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掲載日: 2022.09.08