幸せってなんだろう―悪人正機の倫理学―第1回「ちょい悪がなぜモテるのか?」(後半)
幸せってなんだろう―悪人正機の倫理学―第1回「ちょい悪がなぜモテるのか?」
総合研究所副所長 藤丸 智雄(ふじまるともお) (季刊せいてん No.118 2017春の号より)
自由だからこそ、善悪を決められる
およそ、二五〇〇年前のギリシャに哲学が生まれ、倫理学が産声を上げました。すなわち、善悪を自分たちで考え、それに基づいて行動するという状況が生まれたのです。
その原因としては、通常、二つのことが挙げられます。一つは、これまで見てきたように、神々の権威が低く、神々を理想像とし、その命令に隷従(れいじゅう)するという雰囲気でなかったことです。もう一つは、詳しい説明はしませんが、ギリシャで民主主義が生まれたこと。そのため強い王さまの命令に服従するということがなかったからです。要は、ギリシャには「自由」の気風が生まれていたのです 。
余談ですが、筆者の甥っ子たち(保育園児)は、毎日、せっせと悪戯(いたずら)という悪事に励んでいます。冷蔵庫から牛乳パックを持ち出して本堂の大鏧(だいきん)(リンが大きくなった形のもの)に注いだり、墨汁を足の裏に塗って本堂を逃げ回ったり、住職が張り直したばかりの障子に穴を開けたり……しかも、彼らは、まことに嬉しそうにルールを破ります。「コラッ」と頭ごなしに怒りたくなるところですが、倫理を学ぶと、ルールから外れる自由を、彼らが体いっぱいに楽しんでいるようにも感じられます。彼らの振る舞いから、人間は生来自由を好むように思われるのですが、それは美化しすぎでしょうか……。
閑話休題、ここでのポイントは、「自由」があって善悪があるということです。すべてが決められていると、「自分で考えて行動する」必要がないからです。そして、ギリシャには自由が有ったので、善悪(「なすべきこと」「なすべきでないこと」)を自分たちで決める倫理学という学問が生まれたのです。
註1 ギリシャの自由は限定的なもので、市民だけに認められたものでした。奴隷制度を背景に持ち、現代社会における自由という状況とは異なる面がありました。
(イラスト 瓜生智子)
倫理的な発想法はインドでも生まれていた
さて、ここで『浄土真宗聖典(註釈版)』を開いてみましょう。まずは四六九頁。『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の「化身土文類(けしんどもんるい)」には、『楽邦文類(らくほうもんるい)』の中の慈雲大師(じうんだいし)(九六四―一〇三二)の文が引用されています。
しかるに祭祀(さいし)の法(ほう)は、天竺(てんじく)には韋陀(いだ)、支那(しな)には祀典(してん)といへり。
〔ところで、神々を祭る法は、インドではヴェーダ、中国では祀典という。〕
(現代語版、六三八頁)
このヴェーダと呼ばれる書はバラモン教の聖典であり、その中に祭祀の方法が示されています。釈尊は、このバラモン教を批判する視点を持って、教えをお説きになられました。
同じく「化身土文類」の四五四頁には『本願薬師経(ほんがんやくしきょう)』が引かれています。
神明(しんめい)に解奏(げそう)し、もろもろの魍魎(もうりょう)を呼(よ)ばうて、福祐(ふくゆう)を請乞(しょうこつ)し、延年(えんねん)を冀(ねが)はんとするに、つひに得(う)ることあたはず
〔神に祈り、妖怪を呼びよせ、福を求め、長生きしたいと願うのであるが、結局その望みはかなえられない。〕
(現代語版、六〇六頁)
祭祀によっても寿命が長くなるような福が得られないと批判されています。更に、四五三頁の『地蔵十輪経(じぞうじゅうりんぎょう)』をご覧ください。
吉凶(きっきょう)の相(そう)を執(しゅう)して、鬼神(きじん)を祭(まつ)りて、乃至 極重(ごくじゅう)の大罪悪業(たいざいあくごう)を生(しょう)じ、無間罪(むけんざい)に近(ちか)づく。
〔吉凶の占いばかりに気を取られ、鬼神を祭り、(中略)きわめて重い罪をつくり、無間地獄に落ちることになる〕
(現代語版、六〇五頁)
寿命が延びないどころか、地獄行きになるようです。恐ろしいことです。
それでは、これらの神々を祈ることの問題点は、どこにあるのでしょうか?四五二頁をご覧ください。『教行信証』にしばしば引用される『華厳経(けごんきょう)』「十地品(じゅうじぼん)」に、
占相(せんそう)を離(はな)れて正見(しょうけん)を修習(しゅじゅう)せしめ、決定(けつじょう)して深(ふか)く罪福(ざいふく)の因縁(いんねん)を信(しん)ずべし
〔吉凶を占うことをやめて正しいものの見方を学び、善いことも悪いこともすべて因果の道理によっておこることを、疑いなく深く信じるべきである。〕
(現代語版、六〇三頁)
と明確に書かれています。すなわち、善悪は神が決定するのではなく、私たちの行いが原因となって、因果として生じるのだと『華厳経』は言っているのです。
仏教の基本的な立場はここにあります。釈尊は、祭祀を中心とするバラモン教を批判し、この「縁起(えんぎ)」という正しい道理を教える法を説き、祭祀の呪縛から人びとを解放されました。善をなすことが良い結果をもたらし、悪をなすことが悪い結果をもたらすという、まさしく倫理的な発想法が、ギリシャで倫理学が生まれたのと同じ二五〇〇年前、のインドで生まれていたのです。
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→幸せってなんだろう―悪人正機の倫理学―第1回「ちょい悪がなぜモテるのか?」(前半)
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■現代人の「ことば」で語る
■聖典が、とにかく身近になる
■続けて読んで、そして深まる
■グループ学習に最適のテキスト
■随所に読みやすさを工夫 編集/浄土真宗本願寺派 総合研究所 発行/浄土真宗本願寺派 本願寺出版社
季刊せいてん No.118 2017春の号より転載
著者:浄土真宗本願寺派 総合研究所
判型:B5判
定価:¥700(本体¥649+税)
※売り切れの号もございます。
総合研究所副所長 藤丸 智雄(ふじまるともお) (季刊せいてん No.118 2017春の号より)
自由だからこそ、善悪を決められる
およそ、二五〇〇年前のギリシャに哲学が生まれ、倫理学が産声を上げました。すなわち、善悪を自分たちで考え、それに基づいて行動するという状況が生まれたのです。
その原因としては、通常、二つのことが挙げられます。一つは、これまで見てきたように、神々の権威が低く、神々を理想像とし、その命令に隷従(れいじゅう)するという雰囲気でなかったことです。もう一つは、詳しい説明はしませんが、ギリシャで民主主義が生まれたこと。そのため強い王さまの命令に服従するということがなかったからです。要は、ギリシャには「自由」の気風が生まれていたのです 。
余談ですが、筆者の甥っ子たち(保育園児)は、毎日、せっせと悪戯(いたずら)という悪事に励んでいます。冷蔵庫から牛乳パックを持ち出して本堂の大鏧(だいきん)(リンが大きくなった形のもの)に注いだり、墨汁を足の裏に塗って本堂を逃げ回ったり、住職が張り直したばかりの障子に穴を開けたり……しかも、彼らは、まことに嬉しそうにルールを破ります。「コラッ」と頭ごなしに怒りたくなるところですが、倫理を学ぶと、ルールから外れる自由を、彼らが体いっぱいに楽しんでいるようにも感じられます。彼らの振る舞いから、人間は生来自由を好むように思われるのですが、それは美化しすぎでしょうか……。
閑話休題、ここでのポイントは、「自由」があって善悪があるということです。すべてが決められていると、「自分で考えて行動する」必要がないからです。そして、ギリシャには自由が有ったので、善悪(「なすべきこと」「なすべきでないこと」)を自分たちで決める倫理学という学問が生まれたのです。
註1 ギリシャの自由は限定的なもので、市民だけに認められたものでした。奴隷制度を背景に持ち、現代社会における自由という状況とは異なる面がありました。
(イラスト 瓜生智子)
倫理的な発想法はインドでも生まれていた
さて、ここで『浄土真宗聖典(註釈版)』を開いてみましょう。まずは四六九頁。『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の「化身土文類(けしんどもんるい)」には、『楽邦文類(らくほうもんるい)』の中の慈雲大師(じうんだいし)(九六四―一〇三二)の文が引用されています。
しかるに祭祀(さいし)の法(ほう)は、天竺(てんじく)には韋陀(いだ)、支那(しな)には祀典(してん)といへり。
〔ところで、神々を祭る法は、インドではヴェーダ、中国では祀典という。〕
(現代語版、六三八頁)
このヴェーダと呼ばれる書はバラモン教の聖典であり、その中に祭祀の方法が示されています。釈尊は、このバラモン教を批判する視点を持って、教えをお説きになられました。
同じく「化身土文類」の四五四頁には『本願薬師経(ほんがんやくしきょう)』が引かれています。
神明(しんめい)に解奏(げそう)し、もろもろの魍魎(もうりょう)を呼(よ)ばうて、福祐(ふくゆう)を請乞(しょうこつ)し、延年(えんねん)を冀(ねが)はんとするに、つひに得(う)ることあたはず
〔神に祈り、妖怪を呼びよせ、福を求め、長生きしたいと願うのであるが、結局その望みはかなえられない。〕
(現代語版、六〇六頁)
祭祀によっても寿命が長くなるような福が得られないと批判されています。更に、四五三頁の『地蔵十輪経(じぞうじゅうりんぎょう)』をご覧ください。
吉凶(きっきょう)の相(そう)を執(しゅう)して、鬼神(きじん)を祭(まつ)りて、乃至 極重(ごくじゅう)の大罪悪業(たいざいあくごう)を生(しょう)じ、無間罪(むけんざい)に近(ちか)づく。
〔吉凶の占いばかりに気を取られ、鬼神を祭り、(中略)きわめて重い罪をつくり、無間地獄に落ちることになる〕
(現代語版、六〇五頁)
寿命が延びないどころか、地獄行きになるようです。恐ろしいことです。
それでは、これらの神々を祈ることの問題点は、どこにあるのでしょうか?四五二頁をご覧ください。『教行信証』にしばしば引用される『華厳経(けごんきょう)』「十地品(じゅうじぼん)」に、
占相(せんそう)を離(はな)れて正見(しょうけん)を修習(しゅじゅう)せしめ、決定(けつじょう)して深(ふか)く罪福(ざいふく)の因縁(いんねん)を信(しん)ずべし
〔吉凶を占うことをやめて正しいものの見方を学び、善いことも悪いこともすべて因果の道理によっておこることを、疑いなく深く信じるべきである。〕
(現代語版、六〇三頁)
と明確に書かれています。すなわち、善悪は神が決定するのではなく、私たちの行いが原因となって、因果として生じるのだと『華厳経』は言っているのです。
仏教の基本的な立場はここにあります。釈尊は、祭祀を中心とするバラモン教を批判し、この「縁起(えんぎ)」という正しい道理を教える法を説き、祭祀の呪縛から人びとを解放されました。善をなすことが良い結果をもたらし、悪をなすことが悪い結果をもたらすという、まさしく倫理的な発想法が、ギリシャで倫理学が生まれたのと同じ二五〇〇年前、のインドで生まれていたのです。
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掲載日: 2019.11.12
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