「語るがごとく歌い、歌うがごとく語る」節談説教の世界とは。|梅山暁さんインタビュー

 

節談説教とは?

 

節談説教をする梅山さん(画像提供:梅山さん)

 
――節談説教を始められたきっかけを教えて下さい
 
梅山:きっかけは、蕚慶典(はなふさ・よしのり)先生との出会いですね。
ご法義の勉強を通して浄土真宗の魅力や面白さに出会い、そこから布教勉強会へ出講するようになったのですが、お説教後の先生や先輩方による講評のとき、話に抑揚がなく淡々としすぎているといった厳しいコメントを頂戴することもありました。
 
話し方を学ぶ方法がわからず、友人に相談したところ蕚先生を紹介していただき、先生のお説教に魅了されたんです。
もともと、蕚先生に出会う前は節談説教のことを何となくしか知りませんでしたが、まずは学んでみようと節談説教研究会の門を叩いたんです。
 
――節談説教のどういったところに魅力を感じられたのでしょうか?
 
梅山:ご法義が節に乗って伝わってくることにも感動しましたが、構成がしっかりしているところに魅了されました。実は、それまで節談説教に対して、なんとなく芸に偏っているようなイメージを持っていました。でも蕚先生のお説教は教学もしっかり裏打ちされていて、ただ法話に節をつけているだけ、というイメージを根本から覆されましたね。こんなにしっかりしたものだったのかと。
 
――そもそも、節談説教ってなんですか?
 
梅山:節談説教とは、聞く人の理性に訴えて理解させるのではなく感性に訴えて心を共鳴させるもので、これは遠く法然聖人門下の聖覚法印から同じ法然聖人門下の親鸞聖人を通して、浄土真宗で永らく伝承されてきました。
そもそも、かつては節談説教が主流だったそうです。「節談説教」という言葉が出てくるということは、それだけ元の形が失われていったことの裏返しかもしれません。
 
明治期に入り、節談説教は完全に廃れてしまいましたが、節談説教を追求された方々のご尽力によって2007年に築地別院(現在の築地本願寺)で節談説教の大会が行われると、2000人を超す聴聞者が参拝され、再び脚光を浴びるようになりました。そこから研究会が立ち上がり、現在は少しずつ説教者を養成している段階です。
 
節談はどうしても節に意識が向きがちですが、実は「五段法」という話の構成が非常に大切なんです。五段法とは一つの話が、讃題・法説・譬喩・因縁・結勧の5つの要素で構成されている、ということですね。
 
「讃題」は一般的な法話と同じく、お経や親鸞聖人のお言葉を引用します。「法説」では教学を語り、「譬喩」では難しい教学の説明を我々の世界で分かるような喩え話を用いて説明します。
「因縁」では、頭での理解にとどまらぬように物語を通して情に訴えかけるような形で話し、最後に「結勧」で因縁話を法に合わせてお念仏を進めていく、という流れです。
単なる良い話で終わることなく、その話がどう仏法へとつながるのかを意識して話を閉じていくことがポイントですね。
 
――つまり、蕚先生はそれが見事だった、ということですね。
 
梅山:そうですね。それまでは自分が構成を気にせず、だらだらと話していたことに気付かされました。蕚先生のお説教をいただいて、改めて自分もしっかり学んでみようと思い至ったんです。
 
――節談を簡単に説明すると、どういったものになりますか?
 
梅山:一言で表現するならば、法話の中に節が入るような感じ、でしょうか。「ミュージカルのよう」と表現される方もいますが、確かにミュージカルに近い要素を感じます。
 
節談説教はよく「語るがごとく歌い、歌うがごとく語る」と表現されます。まさに、歌と語りが合わさった法話のスタイルと言えるのではないでしょうか。
 

節談説教の魅力と難しさ

   

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掲載日: 2023.01.20

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